どこか行こう、なんて言っても時刻はもう13時過ぎ。 遠出はできないから少し大きな駅の駅ビルでぶらつくことにした。 「本当にここでいいの?」 私はここでもいいけど、こんなところじゃ氷室は楽しめないんじゃないだろうか。 「いいよ、こういうところもゆっくり回ってみたことないし」 「そっか、ずっと部活漬けだったもんね」 どこのお店に行こう、と考えを巡らせると、ふとあることに気付く。 「ねえ、氷室、お腹空いてるんじゃない?」 私は友人とお昼を食べたけど、氷室は学校でいろいろ手続きしてたって言ってたし、お昼はまだなんじゃないか。 「まあ…。でも、はさっき食べたばかりだろ」 「大丈夫だよ、だって」 続きを言おうとして一瞬固まる。 普通に言おうとしたけど、ちょっと恥ずかしいような…。 「どうしたの?」 「あの、えーと、あそこのね、ケーキが食べたいなって…」 そう言って近くにあるレストランの前にあるサンプルを指さす。 さっきお昼食べたばかりだけど、甘いものは別腹とはよく言ったもので…。 少しぎこちなくそう言うと、氷室は吹き出した。 「あ、ひ、ひどい!確かに食いしん坊みたいなこと言っちゃったけど!」 「そういう意味じゃないよ」 「じゃあなんで笑ったの…?」 「別に恥ずかしいことなわけじゃないのに、赤くなって言うから可愛いなって思って」 「かっ…」 久々に聞く言葉に顔を赤くする。 「はすぐに顔が赤くなるね」 「そ、それは氷室が変なこと言うから」 「まあ、その方がからかい甲斐があるけど」 「なっ…ば、バカ!」 氷室はクスクス笑いながら、「じゃあ、あそこにしよう」と言って私が指さしたレストランに入った。 * 「、ショートケーキ好きなの?」 「うん、一番おいしいと思う!」 注文した苺のショートケーキを食べながら、笑ってそう言う。 「即決だったもんね」 「うん!氷室はケーキ好き?」 「普通に好きだけど…これが特に好きって言うのはないかな」 そんな会話をしながら箸を進める氷室の前には大盛りのご飯。 合宿の時も思ったけど、よく食べるなあ。 あまり見た目からは想像できないけど、運動部の成長期の男の子となれば普通なのかな。 「氷室、学校で手続きとかしてたって言ってたけど、明日の準備とか大丈夫?」 「うん、明日は始業式だけだし、教科書とかも明日もらうから。…そういえば、あの約束覚えてる?」 「約束?」 「勉強教えてって、言っただろう?」 あのときの。そう、合宿の、あのとき。 思い出して一人で勝手に顔を赤くする。 「あ、あれ、本気だったの?」 「もちろん」 「いい、けど…」 「よろしくね」 『いいけど』なんて、柔らかく言ってみたけど、とても楽しみだ。 他の人に、譲りたくない役割。 「食べ終わったら、どこ行こうか。どっか行きたいとこある?」 「んー…」 館内パンフを見ながら氷室は考え込む。 ここに入ってるお店のほとんどは服屋や雑貨屋だし、私が行きたいところに行ったら氷室もつまらないだろう。 「あ、映画館あるんだ…」 「何か見たいのある?」 「いや、特にある訳じゃないけど、映画自体は結構好きだから」 「そっか。じゃあ、行ってみる?」 「うん」 * ご飯を食べ終えて、駅ビルの中の端にある映画館へ。 上映中のラインナップを見ながら、ずいぶんいろんな映画があるんだなあと思う。 「氷室、何か見たいのある?」 「んー…」 氷室はチラシのある棚の前で物色しているようだ。 邪魔しちゃ悪いかな、と思って私もじっと物色する。 あ、この洋画、CMでよくやってるやつだ。 「それが見たいの?」 「え?」 「なんか、興味ありそうだから」 見たい、とは思う。あまり映画とか見に来ないし、CMを見るたびに面白そうと思ってたし。 でも、いいのかな…。 「氷室、これでいいの?」 私が見たいと思った映画は、完全な恋愛映画だ。 高校生の男の子はあまり見たいと思わないんじゃ…。 「いいよ。邦画より洋画のほうがいいし、時間もちょうどいいし」 「そうだけど…」 こういうのって、その、恋人同士で見るものなんじゃ。 そりゃ、私は嬉しいけれども。 横目で氷室を見るけど、いつもと変わらない様子。 「じゃあ、行こうか」 「う、うん」 チケットを買ってシアターへ。 一緒にご飯食べたり、映画を見たり、なんだか本当にデートみたい。 自然に上がってしまう口角を必死に抑えながら、指定の席へ向かった。 直前に券を買ったこともあるし、席は後ろの方。入口は前の方だから階段を上って行く。 まあ、氷室の身長ならどっちにしろ後ろの席にしていただろうけど。 「はい」 「あ」 「暗いから、ね」 そう言って、氷室は私の手を握る。 暗いと言って上映中じゃない。それなりに光はついている。 そんなに視界が悪いわけじゃない、けど。 「あの、ありがとう」 少し恥ずかしいけど、手を繋ぐのは嬉しいから、そのままにしておく。 手からでも心臓のドキドキが伝わってしまうんじゃないかと思うくらい、緊張してる。 席に座れば、当たり前だけど手は離れる。 花火大会の時より繋いでいた時間が短かったからなのか、私が意識してるからなのか、余計に寂しいような。 「あ、始まるね」 劇場の中が暗くなる。 暗い中で、隣に座って。 あ、なんだか、より一層緊張してしまうかも。 * 「面白かったね」 「うん、結構笑えるところも多かったし」 映画も終わり、映画館を出ながら感想を言い合う。 恋愛映画だからメインはもちろんそこだけど、コミカルなところも多くて楽しかった。 「最後もハッピーエンドだし、主人公とヒロインもちゃんとうまくいったし。 やっぱり、いいな。ああいう、まっすぐ恋してる感じ」 笑って話す私を見て、氷室は少し笑った。 「可愛かったね、なんか、全体的に雰囲気が」 「うん。いろいろ理屈で考えてるけど、結局感情で走ってるって感じが、ああ、恋してるなあって」 「ああ、わかるな」 氷室の言葉に、思わず歩みを止める。 わかるっていうのは、私の感想に同意しているのか、それとも、恋をしてる感覚がわかるのか。 なんだかちょっと心がざわつく。 そういえば、今まで考えたことないけど、氷室には好きな子とか、いるんだろうか。 日本に来てからずっと部活をやってきたけど、アメリカに好きな子とか、それこそ彼女とか。 いや、でもそれじゃものすごい遠距離恋愛だけど…。 「?」 「あ、ごめん」 つい考え込んでしまった。 不安なことは不安だけど、今考えることじゃない。 今、そんなこと考えるのは、もったいない。 「もうこんな時間かあ」 「明日も早いし、もう帰ろうか」 「そうだね」 ちょっと離れがたいな、と思う。 一日こんなに一緒にいるなんてそうそうない。 部活中はそれぞれ練習してるから、休憩中とかじゃないとこんなに話せない。 「家まで送って行くよ」 「え?」 それなりに遅い時間だけど、今は夏。外は結構明るい。 送って行ってもらわなくても大丈夫だろうけど。 「じゃあ、お願いします」 少しでも長い時間一緒にいたいな、と。 そう思って、送って行ってもらうことにした。 * 「じゃあ、家、ここだから」 「うん」 早いもので、あっという間に私の家の前についてしまう。 もっといろいろ話せたらな、とか、もっと一緒にいられたらな、とか、いろいろ考えてしまう。 「じゃあ、また明日」 「…うん、バイバイ」 引き留めたいけど、そういうわけには行かない。 引き留める言葉も思いつかないし、付き合ってるわけでもないのに「もっと一緒にいたい」なんて言うのは変だ。 少し寂しい思いを抱えながら、氷室の背中を見送った。 …氷室は好きな子とか、いるのかあ。 日本に来てからは部活ばかりしてたけど、毎日やってたわけじゃないし、午前だけ、午後だけの日だってあった。 部活以外に知り合いがいたって不思議じゃないし、それこそ、アメリカにいる子が好きとか。 遠距離だけど、遠くにいるから忘れられるってものでもないだろうし。 今日一日、すごく楽しくて、幸せだった。 だからなのか、夏の終わりがそうさせるのか、なんだかとても寂しい。 ← top → 12.11.30 |