秋田の夏休みは短い。
8月の終わり、夏休みが終了し、新学期に入った。
ということは、氷室が私のクラスに転入してくるわけで。

氷室のことは夏休みの間から噂になっていたようだ。
アメリカから転校してきて、全国クラスのバスケ部の一軍、そしてあの顔となれば話題になって当然だろう。
何人かの積極的な女子たちは、すでに氷室に話しかけたりしている。

正直私は気が気じゃない。
夏休みの間毎日のように会っていたし、氷室と一番仲のいい女子は自分だと思っていた。
実際そうなんだろうけど、なんというか…。

バスケ部の女子は私だけだ。
よく考えなくても、そりゃ仲がいい女子は私に決まってる。
だって他に女子がいないんだから。

それに、昨日のことも。
氷室に好きな子がいる可能性だってあるんだ。

そう思うと、怖くなって、すごく嫌な気持ちになる。

「…はあ…」

本日何度目かわからないため息を吐いた。





「あれ?」

始業式の後のHRも終わり、部活開始直前。
体育館に着くと、そこに氷室の姿はなかった。
HRが終わってすぐ、慌ただしげに教室を出たから早く来ているんだと思ったけど…。

「ああ、氷室な。なんか転校の手続きみたいなのがまだあるみてーでさ」
「まだ終わってないんですか?」
「いや、手続きっつーか、あいつ普通の転校と違って外国から転入だから授業の摺合せとかいろいろ面倒みてーだぞ」
「そうなんですか」

そうか、考えてみれば。
県内だって高校によって授業の進み具合違うんだし、アメリカとなればもっと大変だろう。

「これからも部活ちょっと遅れること多くなるかもって言ってたぞ。監督にももう言ってあるみてーだし」




福井先輩の言葉通り、氷室は部活に少し遅れて顔を出した。

、ちょっといい?」
「?」

着替え終わった氷室はちょいちょいと私を手招きする。
なんだろう、と思って駆け寄る。

「なに?」
「準備体操、手伝ってほしいんだ。体押してくれるだけでいいから」
「ああ、そっか。わかった」

そう言って氷室は座って足を伸ばす。
なるほど、と思って氷室の後ろで膝をついた。

「……」
「どうしたの?」

了承したはいいものの、氷室の背中を、触って、押すのか。
な、なんか妙に緊張してきた。

「ど、どのくらい押せばいいの?」
「とりあえず押してみて。それで強かったり弱かったりしたら言うから」

うん。大丈夫。だってただの準備体操の手伝いだ。
ほ、ほら、よく敦のこと動かすために背中押したりするし!あ、あれと一緒だ。
よし、と思って氷室の背中に手を当てる。
大きくて、筋肉質な背中だ。

当然、いつも体育の時とかじゃれあうときに触る友達のとは全然違うし、小さいころおんぶしてもらったお父さんの背中とも違う。
やっぱり、どうしてもドキドキしてしまう。

「…こ、このくらい?」
「もうちょっと」
「うん」

ぐっと右足のほうに押し込むと、意外なほどに沈み込む。
男の子って体が硬いイメージが合ったけど、結構柔らかいんだ。
スポーツするには柔らかい方がいいとは言うけれど。

「…柔らかいね」
「あんまり固いと怪我しちゃうからね」
「あ、そっか…」

今度は逆の左足のほうに押してみる。
本当に、大きい背中だ。
男の人なんだなあ、としみじみ思う。


「な、なに?」
「顔赤いよ」
「えっ!?」

思わぬ言葉に驚いて、思わずぐっと力を込めてしまう。

「わ、ちょっと痛い」
「あ、ご、ごめん!」

はっとして手を引っ込めると、氷室はクスクスと笑った。

は本当、すぐ顔に出るね」
「え、」
「そういうほうが可愛いよ」
「なっ…」

からかうような氷室の言葉。
私は思いっ切りぐっと氷室の背中を押した。

「うわ、ちょっと、本当に痛い」
「ひ、氷室が変なこと言うからでしょ!バカ!」

私は余計に顔を赤くして、氷室の背中を軽くはたく。

「…お前ら…」
「わ、福井先輩」

いつの間にか私たちの後ろには福井先輩が立っている。
ちょっとあきれたような顔だ。

「…痴話喧嘩なら余所でやれよ」
「!違います!」
「おー」

私の返事を聞いているのかいないのか、先輩は生返事で練習に戻って行った。
ちら、と氷室を見ると、さっきとまったく表情を変えていない。

「ありがとね、。もう大丈夫だよ」
「う、うん…」

そう言われて、私も仕事に戻る。
…前からだけど、氷室はこういうこと言われてもまったく気にする様子がなくて。
私は恥ずかしくなったり、意識してしまったり、…嬉しくなったりするんだけど。

そういうふうに周りから見られるのは嬉しいけど、動じない氷室を見てると、そういうこと言われても何も感じないのかな、と思うと、ちょっと切なくなる。





「お疲れ様でしたー」

練習が終わり、自主練する人と帰る人で別れだす体育館。
氷室は今日も練習していくようだ。
私はそんな氷室の姿をしばらくボーっと見ていた。

練習の後に教えてもらうのをやめてから、一緒に帰らなくなった。
寂しいけれど、それは仕方ない。
付き合ってるわけでもないのに、氷室の練習が終わるのを待つのは変だし。

「…はあ」

なんだか、とても寂しい。
氷室に好きな子がいるかもとか、他の子も氷室を好きになるかもしれないとか、私のこと、なんとも思っていないのかなとか。
いろんなことを考えてしまって、頭がぐるぐるする。

…今日はもう、帰ろう。












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12.12.07