新学期が始まって数日。
相変わらず氷室は忙しそうで、毎日休み時間には職員室へ行って、部活は少し遅れてくる。

同じクラスで、同じ部活。
そのはずなのに、ほとんどまともに話せていない。
コートでクールダウンする部員を見ながらため息をついた。

「…はあ」

なんだか、新学期に入ってからずっとため息をついている気がする。

「大丈夫か?」

突然上から聞こえてきた声に、顔を上げる。

「岡村先輩」
、最近元気ないの」

岡村先輩は心配そうに私を見つめる。
そんな顔を見ていると、とても申し訳なくなる。

「新学期始まっても大変じゃろ。今までは夏休みで部活しかしてこんかったけど、今は授業もあるからな」
「大丈夫です。心配かけてすみません」

笑ってそう言えば、先輩は大きな手で頭を撫でてくれる。
ダメだな、しっかりしないと。
こんな私事で、部活の皆に迷惑を掛けたくない。
ちゃんと、しっかりしよう。

「もう今日の練習も終わりじゃ。真っ直ぐ帰って、ちゃんと休むんじゃ。がいなくなったら困るからの」
「はい!」

そう言われると、少し嬉しくなってしまう。
私が、ここにいる意味があるんだらなあ、と。みんなの役に立てているんだな、そう思えるから。
体調が悪いならまだしも、好きな人と話せなくて寂しいなんていう自分のことで、みんなに心配かけないようにしなくては。





次の日、朝、自分の部屋にて。
なんだか体がだるくてベッドから起き上がれないでいて、もしやと思えば案の定。

「37度5分。風邪ね」
「…はい」
「今日は休みなさい。そんなに熱高くないし、一日休めば大丈夫でしょ」
「……はい」

お母さんは体温計を見てそう言った。
…岡村先輩の「元気がない」は本当だったんだ…。
ただ、寂しい気持ちが顔にまで出てしまっていたのかと思っていたけど…。

「はあ…」

今までとは違う種類のため息。
ちゃんと、自己管理しなくちゃ。

「とりあえず寝なさい。学校には連絡するから」
「うん。おやすみ」

クラスの担任の先生にはお母さんが電話してくれるだろう。
監督と主将には私が連絡しなくては。
昨日、あんなふうに言ってくれたのに申し訳ない。
私は携帯の電話帳を開いた。





「…ん…」

お昼ごはんを食べて薬を飲んだ後、もう一眠り。
もう一度起きてみれば、窓の外は夕暮れだ。

「…体温計…」

枕元に置いておいた体温計を取って、脇の下に入れる。
体はだいぶ楽になったようだ。体温も下がっていれば、明日は大丈夫だろう。
体温計が鳴るのを待っていると、玄関のチャイムが鳴ったのが聞こえた。
宅急便かな、と思いながら寝転がっていると、お母さんが慌てて私の部屋のドアを開けた。

「お母さん、どうしたの?」
「あんた、彼氏ができたなら言いなさいよ!」
「え?」

興奮しながら話すお母さん。私は訳がわからない。

「しかもあんなイケメンの!まー、さすが私の子ねえ」
「あの、ちょっと、お母さん。意味がわからないんだけど」
「お見舞いきてくれたのよ、あんたの彼氏が!同じクラスだって?」

お見舞い。彼氏。イケメン。同じクラス。
彼氏はいないから置いておいて、お見舞いに来てくれるような同じクラスの整った顔の男子といえば、心当たりは1人しかいない。

「え、ちょ、ちょっと待って!お見舞いって、ええ!?」
「今上げるからあんた髪くらい梳かしておきなさい!」

そう言ってお母さんはスキップしながら玄関へ向かっていく。
ちょ、ちょっと待って!部屋に上げるって…こ、この部屋!?

慌てふためいていると、部屋のドアがノックされる。
「ちょっと待って!」と言おうとすると、それより早くお母さんがドアを開ける。
その後ろにいるのは、思った通り、

「お邪魔します」
「…氷室…」

熱かったはずの頭がすーっと冷たくなっていく。
こんな、パジャマで、髪も梳かせていないどころか、さっき起きてから顔も洗っていない。
私が慌てているのを知ってか知らずか、お母さんは「あとは若いもんでゆっくり〜」なんて言いながら出ていく。
なんでお母さんと言い友達と言い私の周りはこんな人ばっかりなの…!

、大丈夫?」
「だ、大丈夫。うん、もう平気」
「?なんか鳴ってるよ?」

部屋に小さく響く電子音。
一瞬考えた後、熱を測っていたことを思い出す。

「あ、体温計…」
「熱、下がった?」
「…うん。もう大丈夫」

体温計はすでに平熱を表示している。
これなら多分明日は行けるだろう。

「…で、なんでタオルケット被ってるの?」
「え」

氷室は微笑みながら私を見る。

「だ、だって、パジャマだし、髪ボサボサだし、顔も洗ってないし…」

まあ、このタオルケット被った格好もずいぶんなものだけど…。

「大丈夫だよ、可愛いから」
「か、可愛くないよ!」
「そう、それ」

氷室はクスクス笑う。
な、何が。

「恥ずかしがってるところが、可愛いよ」
「!バカ!」

も、もういいや…。
私は観念してタオルケットを取った。

「…その、部活、どうだった?」

とにかく、何か話さなくちゃ。
そう思って部活の話題を振れば、氷室は少し言葉を詰まらせる。

「…何かあったの?」
「…いや、大丈夫。何もないよ」
「?ならよかった」
「でも、がいなくて寂しかったよ」

そう言われると、ぽっと顔が赤くなる。

「ま、また、そういうこと言うんだから」
「本気だよ」

今度は胸の奥が熱くなる。
本当に本気で、言ってくれているなら、すごく嬉しいけど。

「早く元気になってね」
「…うん」

そう言って氷室は立ち上がる。
ベッドから下りて見送ろうとすると、「大丈夫」と言われてしまう。

「明日は学校行けると思うから」
「うん。待ってるよ」

そのまま氷室の後姿を見送った。





「もう、何よ!いつの間にあんなかっこいい彼氏作ったの?!」

氷室が帰った後、興奮気味なお母さんが私の部屋に入ってくる。

「か、彼氏じゃないよ」
「照れなくていいのよ!いやー、私も20歳若かったらねえ」

1人興奮するお母さん。
多分、もう、何を言っても恥ずかしがって否定してるとしか思ってくれなそうだ。

…あと、20歳じゃ足りないと思う…。


「…はあ」

ぽすんとベッドに横になる。
新学期に入ってからなかなかちゃんと話せていなくて。
今日、こんな格好で会うのは恥ずかしかったけど、やっぱりちゃんと話せたのは嬉しくて。

火照った頭を冷やすため、ため息を一つ吐いた。







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12.12.14