「ー」 昼休み、体育教官室前で呼び止められて、振り向くとそこには福井先輩が。 「もう大丈夫なのか?」 「はい、もう元気です!」 「ならいいけどよ。あんま無理すんなよ」 どうやら先輩も教官室での用事は終わったようで、一般教室棟へ一緒に歩き出す。 「こんな季節なのに風邪流行ってんのかねえ。今日お前のクラスの武田も休みだろ」 武田くんは同じクラスで、バスケ部の子だ。 彼もやっぱり風邪なのか。大丈夫かな。 「そういや昨日、マネージャー希望が来てよ」 「え?」 思わぬ言葉に目を丸くする。 昨日、氷室に話を聞いたとき、そんなこと言っていなかったのに…。 「…どんなでした?」 「どうもこうもねーよ。ありゃただのミーハーだな。たぶん今日は来ねーだろ」 「ミーハー?」 「氷室目当てだろな、あれは。集団で何人か来てたぜ」 胸がドクンと跳ねる。 …一人では大変だし、女子一人じゃ寂しいから、マネージャー増えたらいいなと、そう思っていたはずなのに。 「誰か来てくれりゃいいんだけどな。もそのほうが楽だろ」 「…はい」 誰も来てほしくないと、そう思ってしまう自分がとても嫌で。 バスケ部で私は唯一の女子で、多分、私と氷室が仲がいいのはそれが一番の理由。 もし、ほかにマネージャーが来たら、私以外と仲良くなってしまうのかな、なんて思うと、すごく怖い。 怖いと同時に、すごく嫌な気分になる。 付き合ってるわけでもないのに、そんなふうに妬いてしまう自分が嫌。 それに何より、バスケ部のみんなはきっとマネージャーに増えてほしいと思っているはず。私だってそう思っていた。 それなのに、誰も来てほしくないなんて、そんなふうに思うなんて、すごく嫌な気持ちだ。 「?」 「…あ、は、はい」 「どうしたんだ?なんかボーっとしてるぞ」 「え…っと」 「まだ気分悪いのか?」 「いや、すみません、ちょっと考えごとしちゃってただけで」 「先輩と話してるときに考え事たあいい度胸だな」 「わっ!すみません!」 そういって福井先輩に軽く小突かれる。 「早く元気になれよ。お前が元気ないとみんな心配すんだから」 「…はい」 優しい人たちだ。福井先輩も、岡村先輩も、…氷室も。 部活の人たちはみんないい人ばっかりだ。 「んじゃ、また放課後な」 「はい」 先輩と階段のところで別れて、大きく息を吐く。 ちゃんとしよう。うん。 「…ふう」 自分の教室へ向かおうと、階段を上がる。 踊り場に上がると、氷室の姿が見える。 あ、と思い声を掛けようとするけど、氷室の前に人がいるのが見えて思わず隠れる。 女の子、だ。 いや、だからって別に隠れる必要はないんだけど…。 「……」 いけない、と思いつつ、ちらっと二人を見る。 女の子は、隣のクラスの神崎さんだ。 氷室は彼女に古典のノートを渡してる。 そういえば、彼女は確か古典の成績学年トップだったっけ。 学年トップ。そう、私より断然頭がいいはず。 もしかして、教えてもらってたり、とか。 ざわつく胸を抑えようとするけど、心臓の鼓動は止まない。 体は固まって動かない。 「?」 「!」 名前を呼ばれて顔を上げると、氷室が心配そうな表情で私の顔を覗き込んでいた。 「こんなところでどうしたの?まだ気分悪い?」 「う、ううん、大丈夫。ちょっとボーっとしてて」 「本当?」 …さっきのことを、聞いてもいいんだろうか。 聞きたいけど、聞きたくない。怖い。 でも、聞きたい。怖いけど、聞きたい。 「氷室、さっき話してたの」 「ああ、神崎さん?」 「…知り合い?」 「うん。夏休みに何度か会ったんだよ」 「!」 氷室の言葉に顔を上げる。 「…そうなんだ」 「?」 「ごめん、ちょっと忘れ物しちゃった。ロッカー、行かないと」 そう言って氷室の横を通って階段を駆け下りる。 わかっては、いたはず。 氷室にだって、私の知らない交友関係があったっておかしくない。 だけど、なんだか。 自分のいた場所が、どんどん取られてしまっているような、怖い気持ちが。 「……っ」 マネージャーも、氷室に勉強教えるのも、…一番近くにいるのも、 それは全部、私だけだと思ってた。 でも、そうじゃない可能性だってあるわけで。 私は涙が出そうになるのを必死にこらえた。 ← top → 12.12.21 |