「…はあ」

放課後の部活。
私は少なくなったテーピングなどの備品の補充をするため買い出し。
全部買い終えて、薬局の袋を持って学校へ戻る。

学校に戻ったら、氷室はもう部活に来ているだろうか。
なんだか、会いたくない。怖い。

「………」

校門をくぐって、体育館へ。
重い足取りで歩いていると、部室棟の前で呼び止められる。



聞き覚えのある声だ。…氷室の声。
…振り向きたくない。けど、そういうわけにはいかない。

「…氷室」
、買い出し?」
「うん、氷室は今来たの?」

できるだけ、普通に。そう思うけどうまくいかない。
顔を見ないで話をしていると、氷室は私の肩を優しく掴んで自分のほうに向かせる。

「ひ、氷室」
、どうしたの?」
「…別に、どうもしないよ」

氷室の手を振り払おうとするけど、氷室は離してくれない。

「昼休みから、何か変だよ」
「…変じゃないよ」
「…いや、新学期始まってから、ずっと変だ」

ドクン、と胸が跳ねる。
そう、だって、新学期始まってからずっと怖かった。
いっそのこと、聞いてしまいたい。けど、聞けるわけもない。

「…別に、氷室には関係ないよ」

あ、嫌な言い方をしてしまったと、そう思っても、もう遅い。
下を向いたまま、今度こそ氷室の手を振り払う。
そのまま体育館へ行こうとすると、腕を強い力で掴まれる。

「ひ、氷室」
「そんなこと言われると、離せないよ」

私の腕を掴む手は、さっきと違って振りほどけるとは思えないほど強い。
氷室は屈んで俯く私の顔を覗き込む。

、何かあるなら、全部話して」
「…っ」


名前を呼ばれて、泣きそうになりながら口を開く。

「…昼休みに、神崎さんに」
「うん」
「古典のノート、返してたでしょ。それが、その、寂しくて。だって、氷室に教えるって約束してたの、私だったんだから」

もう、ここまできたら言うしかない。
必死に話せば、氷室は声を出して笑った。

「え、ちょ、なんで笑って」
「ああ、ごめん。違うんだよ、そういう意味じゃなくて」

氷室は私を掴んでいる方とは違う手で、私の頭を撫でる。

「あれは武田が借りてたノートだよ」
「え?た、武田くん?」
「うん。神崎さんに武田が借りてて、昨日オレが間違えて持って帰っちゃったみたいで。今日、武田休みだし、直接返した方が早いから」
「あ、そ、そういうこと…」

な、なんだ、そうか。
…もしかして、私、今、とんでもないこと言ってしまったんじゃ。

「夏休みに会ったって言うのも、武田と一緒に帰ったときに会ったんだよ。あの二人、付き合ってるから」
「え、そ、そうなの!?」
「うん」

そ、それは知らなかった。そうだったんだ…。
…うん…。………。

…これ、なんか、本格的にまずいような。
全身の血液が顔に集まって行くのを感じる。


「え、あ、うん」
「妬いてたの?」
「!ち、ちが」

慌てて否定しようとすると、氷室はいつものからかうような雰囲気ではなくて、優しい目で言った。

、いいよ、オレはそのほうが嬉しい」
「…ひ、氷室、あの」

氷室が話すのを待つべきか、私が何か言うべきか。
迷っていると、体育館から大きなホイッスルの音と監督の声が聞こえる。

「あ、れ、練習…」
「…そうだね。行かないと」

ただでさえ氷室は最近練習に遅れてきてるんだから、これ以上遅れさせるわけにはいかない。
…うん、そう。練習だ。練習、行かないと。


「は、はい」
「今日、一緒に帰ろう。こんなところじゃなくて、ゆっくり話がしたい」
「…うん」

氷室は早足で体育館へ向かい、私は買って来た備品を置くため部室に向かった。

心臓が高まって、どうしようもない。
とりあえず、私も早く体育館へ向かわないと。














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12.12.27