「おはよー」
「あ、おはよー!」

登校中の通学路、朝の挨拶がそこかしこから聞こえてくる。

、おはよう」

後ろからぽんと肩を叩かれ、振り向くとそこには氷室が。

「あ、お、おはよう」

じっと氷室の顔を見る。
…昨日のことは、夢じゃないんだよね。

?」
「え、あ」
「また、夢じゃないかとか思ってた?」
「!ちが」
「夢じゃないよ」

そう言って氷室は少し私に顔を近付ける。
ちょ、ちょっと待って!

「ひ、氷室!ここ、通学路!」
「関係ないよ」
「ある!すごくある!ていうか、夢じゃないってわかってます!」
「そう?残念だ」

氷室はそう言うと、少し笑う。
…私、もしかして、とんでもない人と付き合うことになったんじゃ…。


「う、うん」
「今日、一緒に帰ろう。待ってて?」
「…うん」





部活が終わり、自主練する氷室を私は待つことに。
部室で待っていると、福井先輩が横で帰り支度をし始めた。

「そういや、今日また来たぞ。マネージャー」
「え?いつの間に…」
が外で洗濯してるときに来たからな。毎日練習あるとか説明したら大変そうだからって帰ってったけど」
「そうなんですか…」

浮かれていた気分が少し沈む。
私はまだ、誰かが来るのを怖いと思っているのか。

「つーか、誰か待ってんのか?」

福井先輩は鞄に荷物を詰めながらそう聞いた。
私は少し赤くなって答える。

「氷室を待ってます」
「ああ、そういうこと」

そう言えば福井先輩は納得して、ちょっといたずらっぽい笑みを浮かべる。

「んじゃオレはとっとと退散するか」
「え?」
と二人で喋ってると氷室が怖ーんだよ。めっちゃ睨んでくるし」
「………」
「…気付いてなかったのか?」
「全然…」

そ、そんなだったのか。まったく気付かなかった。

「あいつすげーぞ。お前と誰か二人で喋ってると目ざとく見つけて二人きりにさせんの阻止すっからな」
「え、そ、そうなんですか」
「ほら、合宿の前の日オレと一緒に帰ってたら氷室来たろ。あんな感じ」

…そういえば、氷室以外の部員と二人だけで喋った事ってほとんどない。
インターハイのホテルでも、合宿所でも、帰り道も、誰かと二人になるといつも必ず氷室が来ていた。

「あいつ相当嫉妬深いぞ。頑張れよー」
「頑張れって…」
「じゃーなー」

福井先輩が外に出ると、それと入れ替わりで氷室が部室に入ってくる。

「お待たせ」
「氷室」
「福井さんと話してたの?」

氷室の声がちょっと冷たくて、ああ、福井先輩の言ってたことは本当なんだなと思う。
なんだか、やっと現実感が湧いてきたかも。

「うん、今日またマネージャー来たみたいで。説明しただけで帰っちゃったみたいだけど」
「そうなんだ」

氷室は帰り支度をせず、私の隣に座る。

「氷室?」
「なんだか、元気がないように見える」

優しい声色でそう言われ、胸の奥がきゅんと鳴る。

…言ってもいいんだよね。さっき福井先輩が言っていた。氷室もそうだと。
それは、おかしいことじゃないんだ。

「…あの」
「?」
「新しくマネージャーが来ても、あんまり、仲良くならないでね」

そう言うと、氷室は私を強く抱きしめる。

「ひ、氷室」
「そんなに可愛いこと言ってどうするの?」
「そうじゃなくて!」

無理矢理氷室の体を剥がして言葉を続ける。

「風邪引いて休んだ時も、マネージャー希望来てたって聞いて怖かったんだよ」

そう、怖くて。
氷室の「一番」を取られてしまうんじゃないかって。

、誘ってるの?」
「だから、そうじゃなくて!」
「オレにはそうとしか聞こえないよ。すごく嬉しい」

氷室はそう言うと、私にキスをする。

「氷室、だから」
、可愛いよ、すごくね」
「私は真剣なの!」
「オレも真剣だよ」

氷室はもう一度私にキスをして、嬉しそうに笑う。

「オレはが妬いてくれるのが嬉しいんだよ」

いつの間にかまた強く抱きしめられている。
さっき福井先輩の福井先輩の言葉を思い出す。

私だって、一緒だ。嫉妬してくれてるのだと思うと、嬉しくなる。



もう一度キスをする。ぼんやりしてきた頭の隅に、何か声が響く。

………。
………!

私はハッとして氷室から体を離す。

?」
「こ、ここ部室!」
「うん」
「『うん』って…誰か来るよ!」
「別にいいよ」
「よくない!」

慌てて席を立って鞄を手に取る。

も乗り気だったじゃないか」
「…!そ、そんなこと」

ないって言えない…!

言いよどむ私に気付いた氷室は楽しげに笑う。

「!バカ!」
「ごめんごめん。すぐに支度するから少し待ってて?」

そう言われ、赤くなったまま部室を出た。
ちょうど部員と入れ違いになって、あのとき我に返ってよかった…と心底思った。


「じゃあ、帰ろう?」

氷室は部室から出てくると私の手を取った。
…まだちょっとムッとしていたはずなのに、手を繋ぐのが嬉しくて、なんだかどうでもよくなってしまう。


「氷室、今日普通に部活来てたけど、もう大丈夫なの?」
「うん、とりあえずはね。理数系はもう大丈夫。古典も先生に見てもらったけど、暗号に見える」
「…私も、頑張って教えるよ」
「うん。以外に教えてもらう気はないから、安心して」

氷室はちょっと楽しそうに笑う。
…確かに他の人に教えてもらってたら嫌だけど、言われると恥ずかしい…。


そんな話をしていれば、あっという間に私の家の前まで着く。
少し、寂しいな。

「…じゃあ、また明日」


氷室は繋いだ手に力を込める。
これじゃ、手を離せない。

「ひ、氷室」
「まだ、一緒にいたい」

氷室の言葉に胸がきゅんと鳴る。
そんなの、私だって。

「もう少しだけ、一緒にいよう。まだ離れたくない」
「…うん」





氷室は私の手を引いて、近くの公園に行く。
昨日より、大きい公園。私と氷室はまたベンチに座った。

「今日はちゃんと座ってくれるんだね」

間を開けずに座ると、氷室は嬉しそうに言う。

「だって、氷室が言ったんじゃない」
「そうだけど、いいの?」
「え?」
「噛みつくよ?」

氷室は私を引き寄せて、少し強引にキスをする。
今までみたいに優しいキスじゃなくて、少し乱暴なキス。

「…っ」
「好きだよ」

もう一度キスをされると、目の端に公園に入ってくる少年たちが見えた。

「ひ、氷室、人、来る」
「うん」
「『うん』じゃなくて!」
「構わないよ」
「私は構うの!と、とりあえず、人前でこういうこと禁止!」

私の言葉に氷室は一瞬顔をムッとさせる。
…私、やっぱりとんでもない人を好きになったみたいだ…。

「どうしても?」
「どうしても!」
「………」
「そんな顔してもダメ!」

氷室は眉を下げてみせるけど、騙されない。…騙されないんだから。
きっぱり断ってみせると、氷室はちょっと肩を落としてさっきの男の子たちに視線を向ける。
…騙されない、うん、騙されないんだから…。
頭の中で唱えつつ、私も彼らに視線を向ける。
多分兄弟だろう、彼らはキャッチボールをし始めた。

「思い出すなあ、に会った時のこと」
「…うん」

氷室はいつの間にか表情を優しいものに戻している。
氷室が硬球からかばってくれたときのことを思い出す。
まだ一ヶ月ちょっとしか経っていないのに、ずいぶん前のことみたいだ。

「あのとき洗濯物ごと倒してよかったな」
「え、あれわざとだったの!?」
「まさか。ちょっと勢い余っちゃって」

氷室は苦笑しながら言葉を続ける。

「洗濯物倒してなかったら、マネージャーに誘えてなかったかもしれないから。そうしたら、今こうしてなかった」

その言葉に、私は氷室の手をぎゅっと握った。
確かに『今』、こうしてなかったかもしれないけど。

「でも、少し遅くなるかもしれないけど、私はきっと氷室のこと好きになってたよ」

今より時間はかかるかもしれないけど、私はきっとどんな形で出会っても氷室のことを好きになって、氷室もそうだったらいいな、と。



氷室は私の名前を呼んで、優しく抱きしめる。

「うん、そうだね。オレも、を好きになってたよ」

耳元で囁かれて、心臓が跳ねる。
そう、私も氷室も、きっと好きになっていた。

氷室の顔が少し近付いて、私はゆっくり目を閉じた。


「あー!おにいちゃんとおねえちゃんチューしてる!」

「!」

キャッチボールをしていた弟のほうの男の子が叫んで、私はハッと我に返る。

「ひ、氷室!人前禁止だってば!」

ぐっと氷室の体を押すと、氷室は楽しそうに笑う。

も乗り気だったじゃないか」
「〜っ!」

だって、しょうがないじゃない。
もう、一緒に帰るのも、手を繋ぐのも、もっと一緒にいたいと思うのも、嫉妬するのも、キスをするのも、全部当たり前のことになったんだと思うと、なんだか心がふわふわしてしまって、うまく思考が働かない。

「大体、オレに『人前禁止』なんて言ったって無駄だよ」

氷室はもう一度私にキスをする。
お兄ちゃんと思われる男の子は少し赤くなりながら弟を連れて公園を出て行った。
ごめんね、と心の中で呟きながら氷室のキスを受け入れる。


「好きだよ」
「…私も、好きだよ」















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13.01.18

fin.






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