思えば三ヶ月前が始まりだった。
三ヶ月前、霧崎第一に編入することになって、ちょうど図書委員が足りないということで図書委員に無理矢理された。
もともと本は好きだったし構わなかったんだけど。
放課後、週に二回、図書室で貸出当番をすることになって。
頭のいい学校だから図書室は混むのかと思ったらそんなことはなく(勉強したい人は自習室に行っているようだ)、
いつも暇なので一人本を読んでいた。

「…」

足音がする。
珍しく人がやってきた。
男子生徒だ。

「……」
「……」

ふと顔を見たときに、なぜか目が離せなくなった。
なんでだろう。そこまで目を引く容姿ではないはずなんだけど。

彼も私を見る。
…少しだけ、固まる。

「…どうも」

別にお店じゃないんだから何か言う必要はないんだけど、なんとなく気まずくて、それだけ言ってもう一度視線を本に落とした。
…なんだろう、胸がざわつく。
苦しい。


「…これ、貸出」
「あ、はい」

彼は図書室を一回りすると、一冊の本を持ってきた。
随分古い本だ。

「…はい、二週間後までに返却してください」
「……」
「…?」

ハンコを押して本を彼に返すけど、彼は受け取らない。

「…お前、転入生?」
「うん、まあ」

生徒手帳を見たところ同じ二年生。
敬語を使わずに話すことにした。

「…ふうん。名前は?」


名前を聞くと彼はさっさと帰ってしまった。

「花宮真ね…」

生徒手帳で見た名前を思い出しながら、一人呟く。
隣のクラスみたいだ。
随分無愛想な人だ。初対面の異性に「お前」とか言ってくるし。
たった数分会っただけだけど、いい性格でないことだけはわかった。




そう思ったのに、それからときどき見かける花宮はずいぶん愛想のいい人だった。
教師にはいい顔、クラスメイトにもいい顔。
優等生で通っているようだった。

「……」

あのときは機嫌でも悪かったんだろうか。
…でも、なんとなく、愛想良く笑う花宮は居心地が悪い。
遠目で彼を見ながらそう思った。






「あ」

二週間後、花宮が借りた本の返却日。
花宮がまた図書室にやってきた。

「これ、返却」
「はい」

花宮はまた無表情。
…機嫌が悪いのか。いや…。

「…ねえ」
「あ?」
「なんで普段は猫被ってるの?」

そう言えば花宮は笑う。
なんとなく、こちらのほうが素なんだろうな、と。
教室では猫を被っているんだろうなと、思った。

「その方が便利だろ」
「ふうん…」

まあ、確かに優等生の方が世の中渡りやすそうではあるけど、じゃあ、どうして。

「なんで私には猫被らないの?」

優等生ぶるなら全員にやっていた方がボロが出なくていいと思うんだけど。
なんで私には初対面からあんな態度だったんだろう。

「別に」
「……まあ、いいや。返却ありがとうございます」

気になるところではあるけど、花宮は何も言わないので私も深くは聞かなかった。
返却手続きを済ませてチェックを入れた生徒手帳を返す。
花宮は本棚の方へ。
また何か借りるんだろうか。

本の続きを読めばいいのだけど、私はその姿をなんとなく目で追っていた。


一冊の本を持って花宮がカウンターの方へ来る。
借りるのかと思ったら、カウンターの一番近い席に座った。

…ここで、読むのか。
なんとなくやりにくいなと思いながら、花宮から目線を外して本の続きを読むことにした。





「…ねえ、もう図書室閉めるよ」

たまにやってくる貸出や返却の処理をして、本を読んでいればあっという間に閉室の時間だ。
頬杖をつきながら本を読んでいた花宮に告げると、彼は一つ伸びをした。

「それ、借りるの?まだ途中みたいだけど」
「…ああ」
「じゃあ、貸して。あと生徒手帳」

さっさと貸出処理をする。
花宮を図書室の外に出して、自分も出る。
戸締りは最後に先生がやるから、これで今日の図書委員の仕事は終了だ。

「…帰るの?」
「ああ」
「……」

花宮も帰るんだろう。
お互い何も話さず昇降口へ向かった。


「…お前、こっち?」
「うん」
「…ふうん」

花宮も同じ道なのか、並んで歩き出す。
…会話は、ないまま。