「おーい、もうクッキーねーのかー?」
「ちょ、ちょっと待って!」

文化祭1日目。
案の定、うちのクラスの喫茶店は大忙し。
家庭科室はもう大騒ぎだ。


「つ、疲れた…」
「お疲れー」

やっと休憩に入り、友人が缶ジュースを差し出して労ってくれる。
うう、疲れた…。

「氷室くんも忙しそうだね」

その友人の一言で教室の中を見る。
氷室はてきぱきと接客作業をこなしている。

「氷室くんのおかげで大繁盛ね。女子が来る来る」

その言葉に、心臓が跳ねる。
ちょっと胸にざわつきを感じる。
……氷室はかっこいい。間違いなく。
みんながいろいろ言うのもわかる。
だけど、

「………」

頭を振って気持ちを切り替える。
せっかくの文化祭なんだから、楽しまないと!

「ねえ、みんなも今日終わりでしょ?どっか行こー」
「ダメ」
「え」

え、えええ!?何、仲間外れ!?

「あんたはアレと行きなさい」

そう言って友人が指さしたのは、教室の中にいる氷室。

「え、ちょっと、それは…」

文化祭を一緒に回るなんて、付き合ってると公言するようなもの。
別に隠してるわけじゃないけど、堂々と言うのも恥ずかしい。

「だっていいの?あんなふうに氷室くんが女の子にキャーキャー言われてても」
「…別に、言われてるだけだから」
「それにもう何度もデートとか誘われてるんでしょ?まだ転校して間もないって言うのに」
「でも、そういうのちゃんと断ってくれるし」
「断ってくれるからって、それでいいの?」

よくない。よくないけど。
じゃあ、どうすれば。

「知らしめてやればいいのよ、『この人は私の彼氏だから手出さないでください』って」
「…え、いや、それはちょっと…」
「あんた氷室くんの彼女なのよ。もっと自信持ちなさいよ!」
「…っ」

友人の言葉に胸が熱くなる。
確かに私は氷室の彼女なんだから、そう言ったっていいはず。
だけど、

「…それはそうだけど…」
「でしょ。はい決まり。ねー、氷室くーん」
「え、ちょ、ちょっと待って!」

私の制止も聞かず、友人はずんずんと教室にいる氷室のところへ。

「氷室くんあと30分で上がりでしょ?残り代わるから、とどっか行って来なよ」
「いいの?」
「ちょ、ちょっと待って!心の準備が!!」

やっぱり文化祭を二人きりで回るというのは恥ずかしい。
少し心の準備をさせてください…!

「だって二人とも明日はほとんど回る暇ないでしょ?今日ゆっくり行って来なよ」
「でも」
「いいから!」

友人は私の肩をぽんと叩く。
そう言われれば、断れない。こんな優しい申し出、断れるわけがない。

「本当にいいの?」
「いいよー。氷室くんだってと回りたいでしょ?」

氷室も少し申し訳なさそうにそう聞くけど、友人は笑顔で答える。

「ありがとう」
「いーえ。じゃあ、着替えて来なよ」



氷室が控え室で着替えるのを、友人と一緒に待つ。

「ごめんね、自由時間つぶしちゃって」
「別にいいって。時間余ってるくらいだし」
「…ほんとにありがと」
「お礼は新作のバッグでいいよ」
「え」
「冗談よ。ただ、楽しんでこないと許さないから」

友人はちょっといたずらっぽく笑うから、私はまたありがとうと言った。
何度お礼を言っても、足りない。

「ま、の恥ずかしいって気持ちも分かるけどねー」
「…うん、まあ、でも、嬉しいよ。一緒に回るの」

友人の言葉とほぼ同時に着替え終わった氷室が出てくる。

「楽しんできてねー」

友人はひらひらと手を振って見送ってくれるから、私たちはお礼を言って手を振り返した。

「優しいね」
「うん。私にはもったいないくらい」

そんな話をしながら、周りを見てみる。
案の定、文化祭を回る人たちはほとんど同性のグループで、男女二人で回っているのなんてほとんどいない。
心なしか視線を集めているような…。
やっぱりちょっと恥ずかしい。

恥ずかしいけど、でも、嬉しい。

「どこから回る?」
「やっぱ、部のみんなのとこかな」

たくさん、楽しもう。









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13.02.22