秋田に来て二日目のことだった。 ホテルの部屋でシャワーを浴びて、ストレッチをしていると、タツヤから電話が掛かってきた。 「おー、どうしたタツヤ」 『アレックス、今大丈夫か?』 「ああ」 『…なあ、もう子供扱いするのはやめてほしいんだ』 「なんだよ、またその話かよ」 はは、と笑いながら言うと、タツヤは想像以上に真剣な声で言った。 『この間と同じような話じゃないんだよ、アレックス』 この間、というのはWCのときだろう。 『あのときはオレも気が立ってたし、タイガのこともあって言ったけど…そうじゃないんだ』 「…?」 『が、嫌がるんだ』 タツヤが出した名前は意外なものだった。 ここで、の名前が出るとは思わなかった。 『子ども扱いして、キスしたりするのはもうやめてほしい。はあんまりそういうこと言わないんだ。嫌だとか、やめてほしいとか。そんなが、嫌だって言うんだ。ごめんねって、謝りながら。昔からの知り合いで大切な人なのにって』 「……」 『アレックスはアメリカで産まれて育って、と全然感覚も違うのもわかってる。アレックスの行動に他意がないことも。でもさ、理屈じゃないんだ』 今まで、タツヤやタイガに何度も「子供扱いするな」「キスするのやめろ」と言われてきた。 でも、今までのどれとも違う。 真剣な声でタツヤは話す。 「…そうだな」 『アレックス』 「に言われちゃあなー」 そこまで言われたらさすがに引き下がるしかない。 しかし、あのタツヤがなあ。 「わかったわかった。もうしない」 『ああ』 「私からしたらまだまだ子供なのになー」 タツヤもタイガも、私からすれば未だに小さな子供だ。 ずっとずっと、変わらない。 『…アレックス』 「はいはい」 タツヤは不機嫌な声になる。 子供扱いが嫌なんだろう。ま、確かにそういう年頃だ。 あまりからかっても余計反抗的になるだけだ。 『…用件はそれだけ』 「そっか。じゃ、また明日な」 『ああ、おやすみ』 「おやすみー」 そう言って電話を切った。 まだこのときは、ちゅーしなきゃいいんだろ、なんて、軽い物だと思ってた。 * その次の日、秋田に来て3日目のときのことだ。 私と辰也との3人でショッピングモールを回っていた。 3人でボウリングをした後、と便所に来ている。 連れションってやつだな! 「ん〜…」 「大丈夫だぞ〜可愛い可愛い」 が鏡を見ながら前髪を弄るから、そう言ってぽんぽんと頭を叩いた。 「……」 「…?」 そのまま、少しを見る。 …きっとは、タツヤのために可愛くなりたいんだろうな。 そう、伝わって来るよ。 「…お前とタツヤは仲がいいなあ」 「え、あ、まあ…」 二人は本当に仲がいい。 今日だって、お互いのことを思って行動しているのがよくわかるほどに。 「昨日なあ、タツヤから電話かかってきてな、怒られたんだよ。もう子供じゃないんだからって」 まだまだ子供だって思っていた。 まだ一人では立てない子供だと。 だけど、タツヤとを見ていると、その考えを改めなくてはいけなくなる。 「私からしたらまだまだ子供だよって思ったんだけどな」 タツヤはこうやってタツヤも大切な人を作るようになった。 のことが大切なんだって、わかるよ。 正直最初にタツヤから話を聞いたときは、子供が熱を上げてるだけだと思ってた。 でも、そうじゃない。 WCのときも、今日も、お互いと思い合ってると、大切にしているんだと、わかるよ。 「タツヤも大切な人を作るようになったんだな」 目を瞑って思い出す。 タツヤとタイガに初めて会ったときのこと。 彼らのバスケに救われたこと。 タツヤの叫びのような悩みを聞いたときのこと。 二人がケンカ別れしてしまったこと。 もう大丈夫だ、そう言われた時のこと。 全部、昨日のことにように、思い出せる。 「…もう、タツヤもタイガも子供じゃないんだよな」 昨日のことのようだけど、初めて会ったときの小さな二人じゃない。 タツヤはこうやって、大切な人を作るようになった。 一人では立てなくても、二人でなら立てるようになった。 まだ17歳、大人とは言えないけど、もう子供じゃない。 きっとタイガも同じだろう。 「タイガにも怒られるしさ。…寂しいな」 まるで子供が巣立っていくようだ。 世話のかかる、子供たちだったよ。 「…ごめんなさい」 「いいんだよ。わかってたんだ。いつかこういう日が来る。そういうもんだ」 「…アレックスさん…」 私が子供から大人になったように、タツヤもタイガも大人になって行く。 そんなのは、とても当たり前のことだ。 仕方のない、誰にも止められないことなんだ。 「大人しかできないこともあるしな。一緒に酒飲んだり」 「…まだ先ですね」 「そうだなあ。日本は20だっけか。こっちは21からだしなあ。今はそれを楽しみにしてるよ」 タツヤとタイガと出会ってから今まであっという間だった。 タイガが21になるまで5年。きっとそれもあっという間だ。 「…ごめんなさい」 「謝るなよーすぐ謝るのよくないぞ」 「は、はい」 「そろそろ行くか。タツヤ待ってるし」 とトイレから出ると、タツヤが待ちくたびれたような顔でテーブルに寄りかかっていた。 待たせちまったし、とっとと次行くかと思ったら、今度はがトイレに忘れ物だ。 ちょうどいい。タツヤに言いたいことを言ってしまおう。 「なあタツヤ。のことちゃんと幸せにするんだぞ」 「…突然どうしたんだよ。当たり前だろ」 「もう子供じゃないって言うならあんまり心配かけるなってことだ」 タツヤの頭をコツンと小突く。 懐かしい感触だ。 「…わかってるよ」 タツヤの横顔は、ずいぶん大人びている。 「…なあ、アレックス。今までありがとう」 「なんだよ急に」 「バスケを教えてくれたことも、たくさん話を聞いてくれたことも、感謝しているよ」 タツヤの言葉が胸に響く。 タツヤもわかっている。 もう子供じゃないと主張するからには、今までどおりではいられないことを。 別に何かが大幅に変わるわけじゃない。 でも、やっぱり、少し寂しいな。 「…大切な人ができたんだ」 タツヤもそんな年齢になった。 タツヤの顔は、今まで見たことないほど、優しい顔だった。 「おう」 * 「じゃあ、お前ら元気でな」 秋田に来て一週間。 今日、ロスに帰国する。 「タツヤ、のこと大切にするんだぞ」 タツヤとは駅まで見送りに来てくれた。 またしばらく会えないだろうから、言いたいことを言っておかないと。 「もちろん」 「ホントか〜?」 「疑ってる?」 「…いいや。疑ってるわけじゃないさ」 疑うはずもない。 タツヤはいつだって自分以外を大切にしようとする。 のことも、きっと自分自身を犠牲にしてでも守るだろう。 でも、それじゃダメなんだよ。 「お前は好きなものにまっすぐだからなあ」 「……」 「まっすぐ過ぎて、好きなもののためにぶつかっていくだろ。自分が傷ついてもな。それがな、怖いんだよ。ちゃんと自分を大切にしろ。お前に何かあったら、家族や友達が悲しむし、私だって悲しい。それに、お前が一番大切に思ってるが、とても悲しむことなる」 そこまで言うと、タツヤは俯く。 今まではよかったけど、大人になるなら、そういうこともしっかりしないと。 「そういうことも含めて言ってるんだよ」 「…わかってるよ」 「を悲しませるなよ。ちゃんと大切にしろ」 そう言ってタツヤを抱きしめる。 出会ったころはちっちゃくて歩いたら踏んでしまいそうだなんて思ったけど、いつの間にか私より大きくなった。 「でっかくなったなあ」 「うん」 「じゃあな」 タツヤから体を離して、の方を向く。 「、タツヤのことよろしくな」 「…はい」 「今度は二人でロスに来い。案内するよ」 「はい!」 「タツヤが迷子になって泣きそうになった道とか教えてやるぞ」 「アレックス!」 「ふふ」 「じゃあな」 今度はを抱きしめる。 あったかい。 「じゃあなー!」 そう言って電車に乗る。 さて、ここから自分の家まで長旅だ。 「……」 電車の中で、昔の写真を見る。 まだタツヤとタイガが無邪気に笑っていた頃のものだ。 あの二人がなあ。 「…あ」 大人になったら酒でも飲もうなんて言ったけど、大人だからできること、まだあったな。 少しいたずら心でタツヤにメールをした。 『タツヤとの子供、楽しみにしてるよ』 わざとにもわかるように日本語で送ってやった。 タツヤはきっと笑って、は恥ずかしがるだろう。 でもいいだろ、本当のことなんだから。 二人に子供が産まれたら、私がバスケを教えてあげよう。 私がタツヤとタイガにバスケの技術を教えてように、スキルを教えてあげよう。 そしてタツヤとタイガが私にバスケの楽しさを思い出させたくれたように、楽しさも教えてあげよう。 そうやって、繋がって行く。 未来が、楽しみだよ。 ← top → 14.06.27 |