地主神社のほかにもいろいろ回って、2日目終了。
たくさん歩いたから、今日はぐっすり眠れそうだ。
明日は体験学習がメイン。
私は八つ橋の他お菓子作り、氷室は陶芸をするらしい。
一日掛かりだから、明日はあんまり会えないな。
そんなことを思いながら眠りについた。






「おいしい!」
「ね、おいしく出来たね!」

友達と作った生八つ橋。
思っていたよりずっといい出来だ。

「わー、全部食べちゃいそう」
「いやいや、お土産の分もあるんだから」

家族の分と、あと、氷室の分。
そっと袋に取り分けた。

「氷室くんに全部あげちゃわないの?」

友達が悪戯っぽい笑顔で聞いてくる。

「全部はあげないよ」
「ほんと〜?」
「だ、だってお父さんもお母さんも楽しみにしてるし」

確かに食べてほしいけど、さすがに全部はあげられない。
…氷室もそんなに食べないよね?





「あー今日も楽しかったね」
「ね。明日はもう帰るのかあ…」

早いもので、もう修学旅行3日目が終わろうとしている。
楽しい時間はあっという間とは本当だ。

「あれ、メール…」

机に置いてあった私の携帯が震える。
氷室からのメールだ。
そこには「少し出てこられる?」と書かれている。

「大丈夫だよ、と…」

まだ消灯時間まで大分時間があるので、そう返信する。
すぐに「旅館の入り口で待ってる」と返ってきた。

「ちょっと行ってくるね」
「氷室くん?いってらっしゃ〜い」

せっかくだから作ったお菓子も持っていく。
きっと喜んでくれるだろう。





「氷室!」

入り口へ行くと、氷室が笑顔で迎えてくれた。

「どうしたの?何かあった?」
に会いたくなったんだ」

恥ずかしげもなく言う氷室に、顔が赤くなる。

「わ、私も…会いたかったよ」

精一杯の声でそう言うと、氷室は嬉しそうに笑った。

「少し外に出ようか」
「え、でも…」

当然、自由行動の時間以外旅館から出ることは禁じられている。
戸惑っていると、氷室は私の手を握った。

「大丈夫。旅館の敷地からは出ないし、ちゃんと消灯時間も守るよ」

そう言われれば、行かない理由はない。
私も氷室の手をぎゅっと握り返りした。

「寒くない?」
「ん、平気…」
「そう」

平気だと言ったのに、氷室は上着を肩に掛けてくれる。

「ありがとう」
「いいえ」

氷室には全部お見通しだ。
少し、くすぐったい。

「綺麗だね、星」
「うん」

備え付けられているベンチに座る。
上を見上げれば、綺麗な星空だ。

「秋田も綺麗だけど…こっちはまた違うね」
「秋田も綺麗?」
「うん」

そう言われると嬉しくなる。
私の育った街を、好きな人が好きだと言ってくれる。

「あ、そうだ。これ今日作ったの」

手に持っていた小包を渡す。
氷室はぱあっと表情を明るくした。

が作ったの?」
「うん、今日の体験学習で」
「やった。食べてもいい?」
「いいけど…夕飯食べたばかりじゃない?食べられる?」
「あれじゃ足りないよ」

氷室はひとつ取り出して、大きく口を開けて食べる。
ドキドキする。

「おいしい!」
「本当?」
「うん。とっても。もったいなくて食べられないないかも」
「ふふ」

嬉しいことを言ってくれるから、自然と笑顔になる。
氷室はそっと私の肩を抱いた。

「可愛い」
「ひ、氷室」
は笑った顔が一番可愛いね」

抱き寄せられる。
体がぐっと近くなって、心臓が跳ねる。

「…っ」

氷室の腕の中で目をぎゅっと瞑る。
心臓の音が、うるさいくらいに鳴っている。

…?」

氷室は私の顔を見ると、少し体を離す。

「どうしたの?」
「え…?」
「苦しそうだ」

氷室は心配そうに私を見つめてくる。
私は自分の胸を抑えた。

「違う、違うの」

「苦しいのは、本当だけど…でも、そうじゃないの」

氷室といると、胸がドキドキして、苦しくなる。
苦しくなるけど、違う。

「苦しいけど、すごく嬉しくて…近くにいるの嬉しくて、でも」

「近くにいると、ドキドキして苦しくなって…でも、近くにいたくて、どうしたらいいか、わからなくなるの」

苦しくなる。胸が痛い。
苦しいから、離れなくちゃとそう思う。
だけど、離れたくない。
たとえ苦しくても、もっともっとそばにいたい。近付きたい。



氷室は私の背中を優しく撫でる。
優しい感触に、心が少し落ち着く。

「苦しいけどね」

胸を抑えながら、必死に言葉を紡ぐ。
ちゃんと気持ちを伝えたい。

「嫌な苦しさじゃないの。嬉しいの。…わかる?」

氷室は優しく微笑む。
私の手をぎゅっと、優しく握った。

「わかるよ」
「…わかる?」
「オレも同じだから」

氷室は真っ直ぐ私を見つめる。

といると、ドキドキして、苦しくなる。でも、嫌じゃない。すごく嬉しいんだ」

氷室の眼は真剣だ。
その眼で、ウソをついていないとわかる。

「…一緒だね」
「うん」

苦しいけど、決して嫌な気持じゃない。
ドキドキするたびに、この人が好きだと実感する。



氷室の顔が近付く。
私はゆっくり目を閉じた。

唇に、温かい感触。
一番ドキドキして、苦しくて、幸せな瞬間。










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14.08.15