、この間の模試どうだった?」

2時間目の休み時間。
前の席の友達が振り返ってそんなことを聞いてきた。

「まあまあかな」
「はー、いいなー。私高望みしすぎなのかなー」

友達はため息を吐きながらそう話す。
彼女とは志望校の話もしているけど、確かに彼女の目指す大学はハイレベルだ。

「大丈夫だよ、まだまだ時間あるし」
「まーね…。次の模試にはB判定取りたいな…」

そう言って彼女は手帳を取りだして次の模試の予定を確認する。

最近学校で行われる進路の説明会や校外模試など、受験に関するイベントがぐっと増えた。
受験生だから当たり前だけど、「最後の一年」に浸る暇がないぐらいに忙しくなってしまった。

「あ、次の授業の準備しなきゃ」
「あ、そうだ」

そう言って友達と廊下にあるロッカーに向かう。
次の授業は英語だ。

「あれ…」

ロッカーを開けて、ノートは鞄に入っているから辞書と教科書を取ろうとしたけど、辞書がない。
おかしいと首を傾げる。

、どうしたの?」
「うーん…あ、そうだ」

昨日勉強しようと英語の辞書を持って帰ったのを思い出した。
そしてその辞書を鞄に入れた記憶がない。

「辞書忘れたみたい」
「あらら」
「ちょっと借りてくるね」

隣にいる友達にそう告げて、隣のクラスへ向かう。
隣のクラスには辰也がいるから。

「あ、辰也」

教室をのぞくと、辰也は真っ先に私に気づいてくれる。
そのまま笑顔で私の元に駆け寄ってきた。

「どうしたの?」
「英語の辞書家に忘れちゃって。辰也持ってる?」
「ああ、あるよ」

そう言って辰也は廊下のロッカーへ。
あまり整理されてないロッカーから英語の辞書を取り出した。

「はい」
「ありがと」

辰也が貸してくれた辞書はとてもきれいだ。
丁寧に保管してある…というよりは単純に使っていないんだろう。

「……」

ぎゅっと辞書を握りしめる。
2年生の時は同じクラスだったからこういう貸し借りはなかったけど、違うクラスになった今年はこれからときどきこういうことがあるんだろう。

?」
「あ…えっと」

辰也が首を傾げるので、答えに詰まる。
なんとなく、「ちょっと寂しいね」とは言いにくい。

「授業終わったらすぐ返すね」
「大丈夫だよ、そんなに急がなくても」
「…うん」

あんまり寂しいなんて言っていられない。
卒業したら違う学校になるんだから。





英語の授業中、先生が出した問題を解く時間。
早めに問題を解き終わってしまったので、今は時間を持て余している。

辰也から借りた辞書をめくる。
今回は辞書を使って和訳をしなさいという課題なので辞書を見ても怒られたりはしない。

辰也の辞書は本当にきれいだ。
この辞書は高校生用だし、あちらに長い期間住んでいた辰也が英単語を調べる辞書としては物足りないのだろう。

「……」

たまたま目についたのは、よりにもよって「love」の文字。
授業中まで、なにを考えてんだとため息を吐く。
完全に色ぼけしてる。

でも最近、どうしようもなくなることがある。
違うクラスになって、進路のことで忙しくなって、辰也といられる時間が少し減った。
減ったと言ってもほんの少しだ。
部活は相変わらず一緒だし、一緒に登下校したり、たまにお互いの家で勉強したり。
たったこれだけのことで寂しいなんて、私はなんて情けないんだろう。





「辰也、これありがとう」

授業が終わり、早速辰也に辞書を返しにいく。

「どういたしまして」
「辰也も何か忘れたら言ってね」
「うん」
「辰也、この辞書あんまり使ってないでしょ?」
「やっぱりわかる?」
「わかるよ、きれい過ぎるもん」
「たまに使うけどね。スペルわからないときとか」

そう言いながら辰也はロッカーに辞書をしまう。

「こういうのもいいね」
「?」

辰也がしまわれた辞書を見て笑う。
首を傾げると、辰也は私の頭を撫でた。

「違うクラスで寂しいなって思ってたけど、こういう貸し借りは新鮮だ」

辰也の寂しいという言葉が胸に刺さる。
辰也も寂しいと思ってくれているんだ。

「…そうだね」
「オレ以外からは借りたらダメだよ」
「ふふ。わかってるよ」

辰也は相変わらずだ。
彼の言葉に思わず笑みがこぼれる。
少し心が軽くなった気がした。

「…辰也」
「ん?」
「…私も寂しい、けど」

じっと辰也の目を見つめる。
辰也も私を真剣な目で見つめ返す。
辰也の目は私の心なんて全部見透かしていまいそうだ。
いつもそう。私が虚勢を張ったって、辰也には全部わかってしまう。
だから全部、素直に言うよ。

「寂しく思うの、変なことじゃないよね」

別に遠距離恋愛をしているわけじゃない。
ほとんど毎日会っているのに、それで寂しいなんてバカみたいだと思う。
思うけど、どうしてもそう思ってしまうんだ。
それは、おかしなことじゃないんだよね。

「もちろん」

辰也は優しく笑いかけてくれるから、私の心は溶けていく。
寂しいということ自体はもちろんつらいけど、それ以上に「こんなことで」という考えが苦しくなることがある。
そんなふうに思わなくていいんだと、辰也がそう言ってくれるから、いつも私の心は軽くなるんだ。

「そんなこと言ったら、オレなんて毎日寂しがってる」
「そうなの?」
「寝る前とか、に会いたいなっていつも思うよ」

辰也は少し冗談めかして言うけど、それはきっと本心だ。
だって、私も同じだから。













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15.02.20