※荒木監督視点です 仕事を終えた後、帰り道途中のコンビニに寄った。 最近はメディアで話題になることも多いが、部活の顧問というのは存外忙しい。 教師の仕事に加えて部の顧問の仕事…、まあ、バスケ部の顧問は自分がやりたくてやっているものだが。 さて、コンビニに寄ったのは切らしてしまった文房具を買うためだ。 この田舎では遅くまでやっている文房具屋などないので、学校の近くにあるこのコンビニは重宝している。 生徒の利用者も多いようだ。 目当てのものを手に取ってレジに行く。 そうしたら反対側から見覚えのある顔がやってくる。 「あ、監督」 「氷室」 私が顧問をつとめるバスケ部の部員の氷室辰也だ。 氷室も何かを買おうとしているのだろう。 「お前も何か買うのか?」 そう言いながら氷室の手の中を見て、発言を後悔する。 氷室の手の中にあるもの、氷室が買おうとしているものは避妊具だ。 「…いや、悪い」 「別に大丈夫ですよ」 氷室は顔色一つ変えない。 生徒のこういう場面に出くわしたことは初めてではない。もちろん決して多くはないが。 そういうとき、たいてい相手は慌てた顔をするのに、氷室はさすがのポーカーフェイスだ。 「…そうか」 一つ呼吸を置く。 …少し、彼と話をしなくては。 「…氷室、少し話してもいいか?」 「…はい」 氷室は表情を真剣なものにすると、そう返事をする。 こういう場面を目撃してしまった以上、氷室に話さなくてはいけない。 とりあえず私も氷室も会計を済ませ、コンビニを出た。 「コーヒーでいいか?」 「あ、すみません」 コンビニ近くの公園に寄る。 公園の前にある自販機の前で缶コーヒーを二つ買った。 「ほら」 「ありがとうございます」 「まあ座れ」 氷室に缶コーヒーを一つ渡し、ベンチに座るよう促す。 私も氷室の隣に座った。 氷室の顔は真剣なままだ。 「ああ、別にお説教するわけじゃない。そんなに緊張するな」 別にお説教したくて氷室と話をしているわけじゃない。 ただ、教師として、大人として、しっかり確認しておきたいことがある。 氷室は少し表情を緩めた。 「…お前、…ああいったものを買うのは初めてじゃないだろう?」 「そうですね。あまりコンビニでは買いませんけど」 否定か肯定だけじゃなく、いらない情報まで付け足してくる。 最近の若い者はみんなこうなのか。…いや、そういうわけじゃなく氷室だけ特別だろう。 「…念のため、確認だが」 「はい」 「相手は、だな?」 、バスケ部のマネージャーだ。 氷室とが交際していることは教師の間でも周知の事実だった。 「他にいません」 氷室は柔らかい表情のまま、だが真剣な眼差しでそう言う。 その目で氷室の言葉が嘘じゃないことがわかる。 「…そうか」 とりあえず、一つ安心だ。 「…さっきも言った通り、私は説教をしに来たわけじゃない」 「はい」 「お前もも高校生だ。付き合っていればそういうこともあるだろう。だからその点に対して何か言うつもりはない」 『高校生ではまだ早い』という大人も少なくない。 ただ、それを言ったところで彼らの若い欲が止まるはずもない。 第一、お互い好きだと言っている二人の気持ちを邪魔をすることを私はしたくない。 「ただ、守ってほしいことがある」 じっと氷室を見つめる。 大人として、これだけは言っておきたい。 「お互い真剣なこと。避妊をすること。無理矢理はしないこと。その三つを守ってくれれば、私は何も言わない」 私が守ってほしいのはこの三つだけだ。 至極当然なことだが、念を押しておかなくてはいけないことだ。 「守りますよ。当然です」 氷室は間を置かずそう返事をする。 「のこと、傷付けたくありませんから」 氷室の言葉に一安心する。 恐らく氷室ならそう言うだろうと思っていた。 だが、そう聞ければ私は安心できる。 「必ずだぞ」 「はい」 「…じゃあ、私の話はこれで終わりだ。引き留めて悪かったな」 そう言ってベンチから立ち上がる。 氷室はクスリと笑った。 「いえ、ありがとうございました」 「…じゃあ、また明日な」 「はい。失礼します」 氷室は一礼すると公園から去っていく。 彼の後姿を見送りながら、考える。 氷室とが真剣なことはわかっている。 お互いが本当に好き合っていることも。 彼らなら心配ないだろう。 ただ、お互いいくら真剣だからと言ってその想いが永遠に続くかはわからない。 今までたくさんの生徒たちを見てきた経験から、そう思ってしまう。 高校時代から想いを変えず結婚した者もいれば、在学中に別れてしまった者たちもいる。 それは仕方ない。想いは変わるものだ。 ただ、できることなら想いを貫いてほしい。 私は、そう思うよ。 ← top → 15.03.05 |