合宿最終日。
今日は午前中少し練習をして、そしたらもう帰るだけだ。

「…あーっ!疲れたー!」

みんな荷物をまとめて、続々と帰りのバスに乗っていく。
席は決まっておらず、完全に自由に座っている。

「あ、先輩はこっち!」
「え?」

後輩の菜美ちゃんが手招きをしてくる。
隣に座ろうと言ってくれるのだろうか。それなら嬉しいな。
実際行きのバスは一番後ろの席に菜美ちゃん笙子ちゃんと三人で座ったっけ。

「なに?」
「氷室先輩の隣空いてますよ!」

菜美ちゃんは満面の笑みでそう言ってくれる。
あ、そっちね…。

「行きは私たちとだったから帰りは思う存分!」
「思う存分?」
「やだなあ、言わせないで下さいよ!」

菜美ちゃんは笑いながら私をスパーンを叩いてくる。
「言わせないで」って、ここバスの中だからね!?

、ほら窓際座りなよ」
「あ、ありがと…」

辰也は菜美ちゃんの言葉にまったく動じる様子を見せない。むしろ楽しんでいるようにすら見える。
少し頬を赤くしながら、辰也の勧め通り窓際に座った。

「みんな、揃っているか?」

荒木監督が一番前に立つ。
浮足立っていたみんなが静まり返って、点呼を取り始める。

「…よし。これから帰るが、明日は部活は休みだ。何をするかは自由だが、体をきちんと休めるように」

監督はそう言うと一番前の席に座る。
すぐにバスは出発した。

最初こそ騒がしかったバスの中だけど、やはりみんな疲れているのだろう。
段々と話し声は寝息に変わっていった。

外を眺めるとレジャー帰りであろう人たちは歩いている。
この連休はずっと部活だったから、ちょっとだけうらやましい。

?」

隣の席の辰也が私の顔をのぞき込んでくる。
沈んだ顔を慌ててなおして、辰也のほうを向いた。

「なに?」
「今度、二人でどこか行こうね」

辰也は優しい笑顔でそう言ってくる。
私の考えてることなんて、辰也には全部お見通しだ。

「うん」

笑って辰也の手を握る。
こうしていると、私は本当にこの人のことが好きだなあと思う。

「でもしばらく大変だね…部活もあるし、受験勉強もしなくちゃいけないし」

高校3年生は大変だ。
部活も手抜きするわけにはいかないし、だからといって受験勉強もしないと来年泣く羽目になる。

「そうだね…」

辰也は苦い顔をする。
辰也の場合、スポーツ推薦が取れれば勉強からは早く解放されるし、是非狙っているところからお誘いがあってほしいなと思う。

「たまには息抜きもしなきゃだし、今度どこか行こう」

辰也に笑いかけると、辰也も笑う。
こうやって、忙しいままこの一年はあっと言う間に過ぎていくんだろう。

「辰也、思い出いっぱい作ろうね」

辰也の肩に頭を置く。
あと一年しないうちに、私は生まれ育ったこの地を離れる。

岡村先輩と福井先輩の言っていた言葉が身に沁みる。
もう、この地で過ごす春は、私にはやってこないんだ。

「うん」

辰也は私の手をぎゅっと握り返してくれる。
私の生まれ育ったこの場所で、辰也と出会ったこの地で、いろんな思い出を作ろうね。










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15.01.29





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