いよいよ夏祭り当日。
今日も夕方まで部活があったので、私も辰也も一度家に戻った。

「お母さん、変じゃない?大丈夫?」
「もう、大丈夫だって!心配しすぎよ」

何度も鏡を見て、お母さんにそう聞いて確認する。

「ちゃんと着れてるって。あなたうまいじゃない」

初めて自分で浴衣を着たものだから、不安で不安で仕方ない。
鏡で確認する限り、確かに大丈夫なんだけど…。

「大丈夫だって!これからは私が着せなくても平気ね」
「…うん」

お母さんにポンと背中を叩かれる。
浴衣を着る前、お母さんに言われたことを思い出して、胸が痛くなる。

『来年は私が着せてあげられないんだから、自分で着れるようにならないと』

お母さんの言う通り、私は来年ここにはいない。
なんでも一人で出来るようにならなくちゃいけないんだ。

「……」
「もう!」

お母さんは黙ってしまった私を励ますように、明るい笑顔を作ってくれる。

「ほら、早く行かないと!待ち合わせなんでしょ?」
「うん」
「行ってらっしゃい」

多分、お母さんは私が誰とお祭りに行こうとしているかわかっているのだろう。
何も聞かないし、お父さんにも何も言っていないようだ。
少し胸が痛むけど、ペラペラ話すものでもないのだろう。
お母さんに手を振って、家を出た。

これから辰也の家へ向かって、辰也の浴衣を着付けてあげなくちゃ。
急ごうと思っても浴衣じゃゆっくり歩くしかない。
小さく一歩一歩進みながら、辰也の家へ向かった。


辰也の家の前に着き、インターホンを押す。
中からすぐに足音が聞こえてきた。

、いらっしゃ…」

辰也はドアを開けて出迎えてくれるけど、すぐに固まってしまった。
どうしたの、と聞こうとすると、一瞬で腕を背中に回して抱きしめてきた。

「可愛い…」
「た、辰也」
「浴衣、すごく可愛い。去年と違うよね?」

辰也はじっと見つめて、そう言ってくれる。
よかった。気付いてくれた。

「うん、去年のちょっと子供ぽかったかなって思って」

去年着た浴衣は中学時代から着ているもので、金魚の柄のちょっと子供っぽい浴衣だった。
だから先日友達と買いに行ったのだ。
そこで友達のアドバイスを聞きつつ購入したのがこの白地にピンクの花柄浴衣だ。
友達が男友達やらネットやら家族やらにリサーチした結果、「こういうのは絶対男の人が好きだから氷室くんも喜ぶはずだ」とピンクのものを勧めてくれた。
その中でこの花柄の浴衣を選んだ。
すごく可愛いと思うし自分でも気に入ってたけど、ここまで喜んでくれるとは。
張り切って着た甲斐があった。

「可愛い。すごく可愛いよ」
「た、辰也、あの」
「?」
「とりあえず、中入ろう」

私を抱きしめる辰也の腕をぽんぽんと叩く。
可愛いと褒めてもらえるのも、抱きしめられるのも嬉しいけど、ドアの前でこれは恥ずかしい。
今は誰もいないけど、いつだれが来るかもわからない。

「ああ、そっか。どうぞ」
「うん。お邪魔します」

辰也はようやく私を解放してくれる。
辰也に導かれて家の中に入る。

「可愛いよ、

扉をバタンと閉めると、辰也は一つキスを落とす。
そのまま私を抱き寄せると、私のおでこに頬を摺り寄せてくる。

「ありがと」

私も辰也を抱きしめる。
すごく嬉しい。私の選んだ浴衣を可愛いと言ってくれて、それをこんなにも喜んでくれることが。

「すごく可愛いよ。女の子らしくて…にぴったりだ」
「ふふ、ありがとう」

ピンクは少し子供っぽいかと思っていたけど、これでよかったみたいだ。
友人がリサーチした結果、「10代が黒とか大人っぽすぎるのを着ていると萎える」という答えが出てきたらしい。
少し子供っぽいと思いつつもこの浴衣気に入っているし、それを辰也が気に入ってくれてよかった。

「大和撫子だね。まさににぴったりの言葉だ」
「も、もう…」
「本当だよ。天使…いや、妖精…」
「た、辰也!」

このまま放っておくととんでもない言葉が出てきそうだ。
慌てて辰也を制止する。

「そうだね。は女神じゃなくてこの世に存在する人間だ」
「め、女神…」

そこに行きついたのか。褒められるのは嬉しいけど、そこまで言われるとさすがに恥ずかしくなってくる。

「今ここにいる、世界で一番オレの可愛い恋人だ」

辰也は何度も何度もキスをしながら、そう囁いてくれる。
すごくすごく嬉しいけど、この雰囲気はまずい。
キスが段々深いものに変わっていって、今までの経験上、このままだと夏祭りに行けなくなることが予想できる。

「辰也、待って」
「待てない」

辰也の腕の中で抵抗するけど、辰也は私の言葉をあっさり却下する。
思った通りの回答だ。

「辰也、あのね。せっかく買ったんだから浴衣着よう?私、練習したんだよ」

そう言うと、辰也はようやく私を解放してくれる。
長くはないけど密度の濃い付き合いの中で、こうやってお願いすれば辰也が聞いてくれることを学んだ。
まあ、ダメなことも結構あるけど…。

「そっか…そうだよね。じゃ、浴衣着せてくれる?」

辰也は軽いキスを落とすと、私を部屋に連れていく。

「これだよ」

ベッドの上にこの間選んだ浴衣が置かれている。

「じゃ、服脱いで」
「大胆だな」
「……」
「冗談だよ」

辰也は肩を竦めて見せると、Tシャツを脱ぎ捨てた。
浴衣を手に取って、辰也の後ろに立った。

「次、下も脱いで」
「下着も?」
「辰也!」
「いや、だって言うじゃないか。着物着るときは下着つけないって」
「いいからズボン脱ぐ!」

もう、辰也ってどこでそういう知識つけてくるんだろう…。
とにかくズボンだけ脱いでもらう。
大きくため息を吐きながら、浴衣を手に取った。

「はい、ここに右腕通して」
「ん」

浴衣に手を通してもらうと、ふっといい匂いがした。

「…?辰也、お風呂入った?」
「うん。出かけるから学校のシャワーじゃなくて家でお風呂に入ったんだ。を待ってる間に」

道理でいい匂いがするわけだ。
少しドキドキしてしまう。

「あ、えっと…あの、前、失礼します」

前で浴衣を合わせる。
辰也の胸に手を当てると、当たり前だけど筋肉質で固い。
自分の体と全然違う。
…辰也のこと止めたくせに、私のほうが…なんか、変な気分だ。


「あ、はい!」
「ドキドキしてる?」

図星を突かれて、顔がかあっと赤くなった。
慌てて首を横に振る。

「違う!違うから!」
「そう?オレはドキドキしてるのに」
「え…」

辰也はそう言うと、私の手を取る。
その手を辰也の胸にあてた。

「ね?」

辰也の言う通り、辰也の心臓は大きく鼓動を打っている。

「…うん」
は?」
「ドキドキしてるよ」

今度は辰也の手を私の胸に当てる。
私のドキドキ、辰也に伝わっているかな。

「ドキドキしてる」
「うん」
「変だね。いつももっとすごいことしてるのに」
「う、うん…だけど、こういうのって初めてだもんね」

辰也とはいろんなことをしているけど、服を着せたりなんてことはなかった。
初めてというのは、やっぱりなんでもドキドキすることだ。

「じゃ、続きね」
「うん」

浴衣の着付けを進める。
帯を締めて、出来上がりだ。

「できたよ」
「ありがと」

少し辰也から離れて、全体をチェックする。
…うん、変なところはない。
大丈夫だ。

「…辰也」
「?」
「…かっこいい」

辰也の浴衣姿に見惚れてしまう。
似合うだろうと思っていたけど、想像以上だ。
すごくすごく、かっこいい。
こんなに素敵な人が、私の恋人だなんて信じられないほどに。

「辰也、かっこいい」

思わず辰也に抱き付く。
かっこいい。すごく素敵だ。
辰也がさっき私を見たとき、さすがに言い過ぎだと思ったけど、辰也もこんな気持ちだったんだろうか。
すごくすごく、素敵だ。

「……」
「辰也?」

辰也は固まってしまっている。
どうしたんだろう。

「嬉しい」
「わっ」

固まっていた辰也がいきなり私を抱きしめてくる。
いや、私から抱き付いたんだから大歓迎なんだけど。

「すごく嬉しいよ。ありがと」
「辰也」
「着付けてくれたのも嬉しいけど…こんなに言ってくれるの、あんまりないから」
「あ…」

そういえば、辰也は私にたくさん「可愛い」とか言ってくれるけど、私から辰也のこと「かっこいい」っていうことはあまりない。
私はそう言ってもらえてすごく嬉しいのに、自分は言っていなかったなんて。

「あの…ごめんね」
「?」
「辰也はいつも可愛いとかいっぱい言ってくれるのに、私はあんまりいってなかったなって…」

私が辰也に可愛いと言ってもらえると嬉しいように、辰也だってかっこいいと言われれば嬉しいはず。
今まで思うだけけで言わなかったことを後悔する。

「いいよ。今言ってくれてすごく嬉しい」
「うん…だけどね、いつも思ってるよ」

そう言うと辰也は表情をますます喜びの色に染める。
これからはちゃんと言おう。
そう心の中で決意する。

「そろそろ行こうか。遅くなっちゃう」
「うん」

そう言って、辰也と一緒に神社へ向かった。









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15.03.19