「浴衣の人多いね」

辰也があたりをきょろきょろ見ながらそう言ってくる。
さすがお祭り、確かに私たちを含め浴衣を着ている人は多い。

「そうだね」
「みんなすごいな。オレ一人じゃ着れる気しないな」
「たぶんできるよ。女性用より帯とか簡単だし」
「確かに女の人のは凝ってるね、帯」
「うん。私はあんまり凝ったのできなかったけど…」

さすがに初めての着付けで難しい結び方はできなかった。
私の帯は一番簡単な結び方だ。

「自分の?」
「?」
、それ自分で着たの?」
「うん、一応」

お母さんに見てもらいつつ、全部自分で着たものだ。
一応ちゃんと着れていると思うけど…。

「そうなんだ。すごいなは」
「?」

辰也は目を細めて私を見つめる。
変なところでもあるのだろうかと不安になって聞いてみたけど、大丈夫だよと答えてくれる。
変じゃないならいいけど、どうしたんだろう。

「あ…」
?」

歩いていると、参道から逸れたところにうずくまる男の子がいるのを見つけた。
7歳ぐらいだろうか。小学校低学年ぐらいに見える。
周りを見てもその子の親はいないようだ。

「辰也、こっち」
「?」

辰也の腕を引っ張って、その男の子のいる場所へ向かう。
辰也も最初こそ首を傾げていたけど、辰也も男の子を視界に捉えたらしく、納得したような表情を浮かべた。

「ぼく、どうしたの?」

屈んで男の子に話しかけると、男の子は俯いていた顔を上げる。
その目には涙が溢れている。

「お父さんとお母さん、どっか行っちゃった…」
「お父さんとお母さんと来てたんだ。どこではぐれちゃったかわかる?」

男の子は首を横に振る。
どこで迷子になったかは覚えていないようだ。

「どうしようか、
「あっちに案内所あるから、そこに行けばこの子の親もいるかも。いなくても迷子の放送してもらえるし…」

境内の近くにお祭りの総合案内所があるはずだ。
迷子の放送もそこでしてるはずだし、この子のご両親もそこに向かっているかもしれない。

「境内のほうまで歩けるかな?そっちにお父さんとお母さんいるかもしれないよ」
「……うー…」

男の子はまたうずくまって泣き出してしまった。
きっと家族を探して歩き回って疲れてしまったのだろう。

「そっか…」
「じゃあ、おんぶするよ。こっちおいで」

辰也はしゃがんで男の子に背中を向ける。
男の子は躊躇うから、そっと背中を押した。

「辰也は力持ちだから大丈夫だよ」
「うん…」

男の子は恐る恐る辰也の背に乗る。
一度乗ってしまえば安心したのか、男の子は辰也の背中に完全に体を預けた。

「もう少しでお父さんとお母さんに会えるから頑張って」
「うん」

そう言うと男の子はやっと笑顔を見せてくれる。
私もほっと息をついた。

「こっちだよね」
「うん。辰也大丈夫?」
「うん」

立ち上がった辰也にそう聞く。
男の子を背負って大変かなと思ったけど、特に問題ない顔をしている。
さすがはスポーツマン。力持ちだなあ。

「おにいちゃん、おおきい!」
「?」
「おおきい!たかい!」

辰也の背中で、男の子が興奮気味に顔を赤らめながら大きな声でそう言う。
確かに辰也は背が高いから、小さな男の子が辰也と同じ視界になったらとても新鮮だろう。

「おとうさんよりおっきい!」
「はは、そっか。じゃあ肩車にしようか」
「!!すごい!!」

辰也はおんぶから肩車に変えると、男の子はますます興奮する。
さっきまで泣いていたのが嘘のようだ。
辰也が肩車したら男の子の視界は2m近いだろう。
キラキラした瞳で男の子は周りを見ている。

「あっちにもおっきい人いる!」
「?」

男の子が指をさす方向を見てみる。
大きい人って誰だろうと思う間もなく、男の子の言っていた人物が目に入る。

「劉だ」
「誰かと来てるのかな」
「女の子と来てるみたいだ。邪魔しないほうがいいかな」
「!」

私からは見えないけど、劉は女の子連れらしい。
ものすごく気になるけど、確かに邪魔しちゃ悪いだろう。
…ものすごく気になるけど!

「氷室、

劉のほうを見ていると、後ろから私たちの名前を呼ぶ声がする。
久しぶりに聞く、だけど聞き覚えがある声。
もしかして、と思い振り返る。

「福井先輩!」

振り返るとそこには福井先輩がいる。
隣には10歳ぐらいの男の子。福井先輩の弟さんだろうか。

「よー。久しぶり」
「お久しぶりです」

卒業以来だから約4か月ぶりだ。
久しぶりに見る顔に胸を弾ませる。

「なんだよお前ら、オレがいない間に子供産んで」
「!産んでません!迷子です!」

福井先輩のの言葉に、慌てて首を横に振る。
私まだ辰也の子供産んでない。考えると顔が熱くなってきた。

「わーってるよ。冗談だって」
「う…」
「福井さん、弟さんですか?」
「おう。ほら挨拶」
「こんばんは」

弟さんは私たちにぺこりと頭を下げて挨拶する。
私も「こんばんは」と返すとにっこり笑った。

「面倒見いいんですね、先輩」
「ん、まあ久々だしな。GWは帰んなかったし」

福井先輩が弟さんの頭を撫でると、弟さんはとても嬉しそうな顔をした。
男兄弟はあっさりした関係が多いと聞くけど、仲がいいんだなあ。

「その子迷子だろ?さっき案内所行ったら迷子の子供探してる親いたけどその子の親じゃね?」
「本当ですか?」
「多分、言ってた特徴と合ってるし。そろそろ放送もかかると思うけど」

福井先輩はじっと男の子を見て言う。
案内所に両親がいるならすぐに会えるはずだ。

「よかったね。お父さんとお母さん待ってるって」
「うん!」

男の子は満面の笑みを浮かべる。
もうすっかり安心しきっているのか、表情に不安の色は見られない。

「じゃ、行ってきます。福井さんもたまには部に顔出してください」
「気が向いたらな」
「ふふ、失礼します」

福井先輩と別れて、案内所を目指す。
もうすぐそこのはずだ。

「ほら、あそこ」

大きく『総合案内所』と書かれたテント屋根が見える。
中に係員ではない大人の人が幾名かいるようだ。

「お父さん!」

辰也の肩の上で、男の子がテントのほうを指さす。
お父さんを見つけたようだ。

「お母さんもいる!おかーさーん!」
「翔太!」
「おかーさーん!!」

お母さんも男の子に気付いたようで、こちらに駆け寄ってくる。
男の子は嬉しそうにぶんぶんと手を振っている。
辰也は男の子を肩から下ろす。男の子は一目散にお母さんのもとに駆けて行った。

「よかったね」
「うん」

お母さんはぎゅっと男の子を抱きしめている。
心配したのだろう。噛みしめるような表情だ。

「すみません、ありがとうございます」
「いえいえ」

男の子…翔太君のお父さんとお母さんは何度も頭を下げてくる。
そこまでされるとくすぐったくなってくる。

「ほら、翔太もお礼言って」
「お兄ちゃんお姉ちゃん、ありがとー!」

翔太君はぶんぶんと手を振ってくれる。
嬉しくなって私も振り返した。

「じゃあ、またね。もう迷子になっちゃだめだよ」
「うん!」
「本当にありがとうございます」
「いえいえ」

そう言って翔太君に別れを告げる。
案内所を出るとき、「お父さんおんぶ!」なんて声が聞こえてきた。
なんか、いいなあ。仲のいい家族なんだな。

「男の子もいいかな…」

辰也はボソリと呟く。
男の子…ってなんだろう。首を傾げると、辰也は笑った。

「子供はに似た女の子がいいかなって思ってたけど、男の子も楽しそうだ」
「!」

お、男の子もいいってそういう…。
確かに翔太君可愛かったけど…。

はどっちがいい?」
「わ、私?」

じっと辰也に見つめられる。
子供。私と辰也の、子供。
想像すると、顔が熱くなる。
いつか私と辰也が結婚して、子供が出来たら…。

「…どっちも、かな」

いつか来るであろう将来を想像する。
そのときは、子供は一人じゃなくて二人は欲しいな、と思う。
辰也と私の子供、一人だとちょっと寂しいかな、と。

「そっか。バスケットチームできるぐらい?」
「いや…、それはさすがに多いんじゃない?」

5人はさすがに育て切れる気がしない…。
でも賑やかな家庭はいいなあと思う。

「……」
?」
「ふふ」

辰也と握る手を強めた。
こういうことを臆面なく話せることがとても嬉しい。
私と辰也の思い描く将来が一緒なのだとそう感じる。

「ね、もっとお祭り回ろ」
「うん」

なんだか嬉しくって、辰也の手を引っ張る。
もっともっと辰也と一緒にいたい。
たくさん、辰也と幸せなことを共有したい。







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15.04.03