まだお腹が空いているという辰也の希望でたこ焼きを買った。
私はそこまでお腹空いていないので、6個入りパックのうち4つが辰也、2つが私という分け方をした。

「お祭りのたこ焼きっていいよね」
「ね。いいな、こういうの。懐かしい」

辰也はお祭りの光景を目を細めて見つめる。
改めて懐かしんでいるようだ。

「去年はお祭りって花火大会だけしか行ってない?」
「うん。まだ日本に来たばかり忙しかったしね」
「そっか」

辰也は去年の夏に日本に来たから、このお祭りの時期は帰国したばかりで忙しかっただろう。
部活もあったし、お祭りに行くという考えはなかったのだろう。

「あ、、かき氷食べよう!」
「え?」
「お祭りと言えばかき氷だ!忘れてた!」

辰也は突然興奮気味にそう話す。
そういえば、お祭りの定番のき氷、まだ食べていなかった。

「かき氷おいしいよね。大好きなんだ」
「ふふ。かき氷だったらね、あそこのがサラサラでおいしいんだよ」

伊達に毎年このお祭りに来ていない。
どこの出店のものがおいしいかは大体把握しているつもりだ。

「そうなんだ?食べよう。かき氷も久しぶりだ」
「うん」

かき氷の出店まで行って、メニューを眺める。
定番のいちご、レモン、ブルーハワイ、抹茶…最近はマンゴーもある。

、どれにする?」
「うーん…マンゴーもいいなあ…」

いつも定番のいちごばかり食べてるから、たまにはマンゴー食べてみたい。
去年友達と来たときは友達のマンゴー食べさせてもらっておいしかったし。

「何と迷ってるの?」
「いちごとマンゴー…でもマンゴーにする!」

決意して屋台のおじさんにマンゴー一つを頼んだ。
おじさんは手際よくかき氷を作ってくれる。
お金を渡して、スプーンにしたストローとかき氷を受け取った。

「ありがとうございます」

そう言って屋台から少し避ける。
辰也が財布からお金を出しておじさんに渡した。

「いちご一つ」
「あいよ」
「!」

辰也が頼んだのはいちご。
もしかして、そう思って辰也の浴衣の裾を引っ張った。

「辰也、いちご頼んだのって…」
「オレも食べたかったんだ」

辰也ににっこり微笑まれてしまう。
辰也はいつもそうだ。いつも私の希望を叶えるばかり。

「はいよ、兄ちゃん」
「ありがとうございます」

辰也はいちごのかき氷を屋台のおじさんから受け取る。
私が迷っていたものどちらも揃ってしまった。

「…辰也ってば」
「本当に食べたかったんだよ」

じっと辰也を訝しげな眼で見ると、辰也は苦笑した。
スプーンで一口かき氷を掬うと、私に差し出してくる。

「はい」

口を開けると辰也がスプーンを入れてくれる。
いちご味が口の中に広がった。

「おいしい?」
「うん」

そう答えると、辰也は笑った。

、オレはそんなに我慢なんてしてないよ」

辰也は優しい目で私を見つめて、ゆっくりと話す。

「いちご食べたかったのだって本当だし…オレだって譲れないことはちゃんと譲らない。そんなに心配しないで」

辰也の目はとても穏やかだけど、意志がはっきりと感じ取れる。
辰也はいつも私のことばかりで、それがとても心配だったけど、そうじゃないんだとわかる。
辰也はちゃんと辰也の意志で動いてる。
彼の表情がそう物語っている。

「ならいいの」
「うん」
「これからも、何かあったらちゃんと言ってね」
「じゃあ早速」
「?」
「マンゴー、一口欲しいな」

辰也はにっこり笑って私が手に持つかき氷を指さした。
そんな小さなこと…と思ったけど、すぐに一口分掬った。

「はい」

辰也に差し出すと、すぐに辰也は口を開ける。
かき氷を口に含むと、幸せそうな顔をした。

「おいしい」
「よかった」

私もマンゴー味のかき氷を一口食べる。
いつもイチゴやレモンばかり食べてたから、新鮮な味わいだ。

「おいしいね」
「うん」

私が笑うと辰也も笑う。
こういうの、いいなあ。







かき氷も食べ終えて、再びお祭りを歩き始める。
社務所の前を通ったところで、歩みを止めた。

「??」
「ちょっとお手洗い行ってくるね」
「ああ。わかった。ここで待ってるよ」
「うん」

社務所の中にトイレがあるはずだ。
辰也には入り口のところで待っていてもらって、お手洗いを済ませることにした。



「ふう…」

お手洗いを済ませて社務所から出る。
背の高い辰也は敦や劉ほどではなくとも人混みの中で目立つ。
早速辰也を見つけて駆け寄ると、辰也の前に女の子数人が群がっているのが見えた。

「!」

会話は聞こえないけど、道を聞かれているとかそういう雰囲気じゃない。
絶対逆ナンされてる。

唇を噛みながら、辰也に少しずつ近付いていった。

「だから、彼女と来てますから」
「少しだけ!ねっ?いいでしょ?」
「よくないです」

辰也の声は冷たいぐらいだ。
私といるときには聞けない声だ。
辰也が声をかけられて喜んでいないことがわかって、少しだけ安心する。



辰也は私に気付くと、うれしそうな顔で駆け寄ってきた。

「辰也」
、行こう」
「で、でも」
「どうしたの?何かあった?」

いや、何かあったのは辰也のほうなんだけど。
だけど辰也はさっきまでの冷めた表情はどこへやら、にっこりうれしそうな顔で微笑んでいる。

「じゃ、行こう。どこか行きたいとこある?」
「……えっと、今のところ特に」
「そう?じゃあ適当に回ろうか」

辰也はぎゅっと私の手を握ると、私の手を引いて歩き出す。
ちらりと後ろを振り向いたら、先ほど辰也に声をかけていた女の子たちはあきれた顔をしていた。

「辰也、あの」
、ごめん」

辰也は参道の端で足を止めると、眉を下げて私の頬を撫でる。
先ほどの笑顔は消えてしまっている。

、ごめん。嫌な思いさせたよね」

辰也は私が気付いていたことに気付いていたのか。
思わず俯いてしまう。

「……」

「えいっ」
「!?」

心配そうに私を覗き込む辰也の両頬を思い切りつねった。

「いひゃい」
「……ごめん」
「そんなに怒ってる?」

辰也は頬をおさえる。
ちょっと強く引っ張りすぎたか、頬が赤い。

「ううん…。そうじゃなくて」
「?」
「いつもそういう顔してればいいのにって思って」

頬を引っ張られた辰也はお世辞にもかっこいいとは言えない。
少なくともそんな顔なら声かけられることもないだろう。

「オレの顔は嫌い?」
「…好きだけど、好きなの顔だけじゃないもん」

辰也の全部が好きだから見た目だって好きだけど、ときどきすごく嫌になる。
辰也のことを好きなのは、私だけでいいのにって、そう思ってしまう。

「そっか」
「…うん」
「顔に「のもの」って書いておけたらいいんだけど」
「そ、それはちょっと…」

辰也は頬に触れながらそう言ってくる。
そんなことしたらそれこそ注目の的だ。

「オレは書きたいよ。オレはだけのものだって言いたいし、はオレだけのものだって言いたい」

辰也はまっすぐ私を見つめながら言う。
その視線に、すべていぬ枯れているようだ。

辰也の指が、私の首に触れる。

「こに白い首筋に、赤い痕でもつければわかるかな」

辰也の言葉に顔がかあっと赤くなる。
思わず辰也の触れた首を手で押さえた。

「…つけちゃだめだよ」
「わかってる」

辰也は苦笑しながら、私の手を取った。

「オレはだけのものだよ」
「うん。大丈夫、わかってるから」
「不安になんてならないで。オレの気持ちは、いつだってに向いてるから」

辰也がそう言ってくれるから、私の心は穏やかになる。
不安になる必要なんてどこにもないと、そう教えてくれる。

「うん!」

私もぎゅっと辰也の手を握る。
辰也は笑顔を向けてくれる。
幸せだなって、そう思えるよ。







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15.04.10