夏は浴衣が大活躍だ。 先週は神社のお祭りがあったかと思えば、今日は花火大会だ。 「…はい、できた」 「ありがとう」 今日も先日と同じく、いったん辰也の家に来て辰也に浴衣を着せている。 我ながら大分手際が良くなったと思う。 「オレも覚えたほうがいいかな…」 辰也は自分の浴衣をマジマジと見ながらそう呟いた。 「何を?」 「浴衣の着方。毎回にやってもらうことになりそうで」 「…毎年やってあげるよ?」 辰也が覚えなくたって、これからずっと、毎年私が着せてあげたい。 そう言うと、辰也嬉しそうに笑って私の肩を抱いた。 「ありがとう。でも頑張るよ。全部やってもらってばかりじゃかっこつかない」 「そっか」 辰也はこういう人だ。 何かをしてもらうと、すごくすごく喜んでくれる。だけど、それだけでよしとしない。 「何かをしてもらうだけ」の立場というのは嫌なようだ。 プライドに関わるのだろうか。絶対にいつも何か返そうとしてくれる。 だから、私もちゃんと自分でやれることはやらなくちゃと思うのだ。 いつも辰也は「は何もしなくていいんだよ」と言うけれど、そんな優しい辰也の隣に、胸を張って立っていられる自分でありたい。 花火大会が行われる土手に着いた。 すでに人でごった返している。 「すごい人ごみだね。はぐれそうだ」 そう言うと辰也は握った手に力を込めた。 「なんか懐かしいね」 こうしていると、一年前のことを思い出す。 一年前は私たちはまだ付き合っておらず、私は友達と花火大会に行こうとしていた。 その道中で辰也に会って、友達二人と辰也と行くことになったんだ。 二手に分かれて夕飯を調達しようとして、友達二人、私と辰也に分かれて、まだ付き合ってもいないのに辰也は「はぐれるから」と言って私の手を握ってきたのだ。 「あのとき本当びっくりしたよ…手つないでくるなんて思わなかった」 「だって『はぐれそう』って、これ以上ない口実じゃないか」 辰也は当然と言わんばかりの表情だ。 確かに、そう言われてしまっては断れないけど。 「あのときは、これでも必死だったんだよ。少しでもに近付こう、意識してもらおうって」 「そうなの?」 「そうだよ」 意外な言葉が返ってきて、驚いてしまう。 いっぱいいっぱいだった私と違って、辰也はあの当時随分と余裕そうに見えたから。 「といて、余裕だった時なんてほとんどないよ」 辰也は少し困ったような表情で笑う。 そんなことを言われても俄かには信じられない。けど、辰也が言うのならそうなんだろう。 「全然見えないよ?」 「それはほら、好きな子の前ではかっこつけたいから」 辰也は私をじっと愛おしそうな目で見ながらそう言った。 そう言われると、ふと疑問が湧いてくる。 「ばらしちゃっていいの?私に」 辰也の好きな人は、私だ。それは自惚れでも慢心でもない。 かっこつけたいというのに、その私に余裕がないことをばらしてしまっていいのだろうか。 「いいんだ、別に」 「?」 「かっこつけてたいけど…はどんなオレでも好きでいてくれるって、もうわかってるから」 私より少し上にある辰也の顔を見上げると、辰也は優しく微笑んでいる。 少し前まで、きっと辰也はそんなこと言わなかった。 ちゃんとわかってくれているんだと思うと、とても嬉しくなる。 「そうだよ」 「うん。ただかっこつけさせてね。かっこつけてるの知られるのと、かっこ悪いとこ見せるのはちょっと違うし…」 「ふふ、わかったよ」 なんだか、とてもいいなあと思う。 この忙しない人ごみの中で、私と辰也の間だけ優しく穏やかな時間が流れているような。 温かい気持ちが、心の中に溢れてく。 「この辺りかな」 ようやく花火が行われる場所の近くまでやってきた。 この辺りが一番見やすい場所のはずだ。 去年と同じく、私と辰也は木の下で手をつないだ。 「もうすぐ始まるよ」 時計を見ると、もうすぐ打ち上げ開始時間だ。 少しドキドキしながら、夜空を見上げた。 「あ…」 ドンという重低音とともに、夜空に花が咲いた。 「綺麗だね」 「うん…」 夜空に上がる花火はとてもきれいで、思わず見惚れてしまう。 ここの花火がとても好きだなあと、そう思う。 「と見るとより綺麗だ」 「…もう」 「本気だよ」 辰也の声は真剣そのもので、一切の嘘のないことが窺える。 もとより疑ってはいないのだけど。 だって、私も同じだから。 「私も、辰也と一緒に見ると、いつもより綺麗だなって思うよ」 同じものを見ても、辰也と一緒だと全てが違って見えるのはどうしてだろう。 辰也といると、世界のすべてが輝いて見える。 「綺麗だね」 「うん」 一年前、一緒に見た花火より綺麗に見える気がするのは、去年より思いが強くなったということなんだろうか。 辰也の体に自分の体を寄せてみる。 辰也は優しく抱き寄せてくれた。 ← top → 15.04.24 |