夏休みも終わり、9月に入った。 今日は私たちが付き合って一周年だ。 こういうとき、プレゼントを用意するものなのかわからなかったけど、タオルセットを買った。 もっとおしゃれなものを買えたらよかったけど、バイトもしてない高校生にはこれが限界だった。 来月には辰也の誕生日も控えているし。 タオルは部活でしょっちゅう使うから邪魔にはならないだろう。 辰也の部屋で、ケーキに一本ロウソクを立てる。 「一年かあ」 辰也が噛みしめるようにそう言った。 この一年、とても長かったような、あっという間だったような。 辰也と出会ってからつらいこともあったけど、幸せだったなと思う。 「来年はこれが二本になるんだね」 ロウソクにライターで火をつけた。 一本だけのロウソクは物悲しいけれど、この先このロウソクはどんどん増えていくのだ。 「ずっと一緒にいて、にぎやかにしよう」 「うん」 来年は二本だし、十年後は十一本だ。 いや、十年後はもしかしたら結婚してるかもしれない。 そうしたら結婚した年からカウントし直しだろうか。 「一緒に消そう」 「うん」 辰也と一緒にロウソクの火を消した。 ロウソクをケーキから取って、ケーキを半分こにした。 「辰也、ずっと一緒にいようね」 ぎゅっと辰也の手を握る。 ずっとずっと一緒にいよう。 明日も、明後日も、これからずっと。 「うん」 辰也が私を抱き寄せてくれる。 心の中が暖かくなった。 「そうだ、少し写真でも見ようか」 そう言って辰也は立ち上がって本棚から小さなアルバムを出した。 「あんまり現像してないからこれぐらいだけど…」 「わ、懐かしい」 去年の合宿でした花火の写真や、文化祭や修学旅行の写真がある。 まだまだ薄いこのアルバムだけど、きっといつか厚くなる。 そう思うだけで、胸が弾む。 「ふふ」 ページをめくっていると、懐かしい思い出が蘇る。 一年ちょっとのことなのに、ずいぶん昔のことのようだ。 「あ、もう飲み物ないね…持ってくるよ」 「私も行くよ」 辰也が私と自分の分のカップを持って立ち上がる。 私も手伝おうと思ったら、「大丈夫だよ」と言われてしまう。 「本棚のその辺りに写真挟んであるから見てていいよ」 「うん」 そう言われればその通りにするしかない。せっかくの辰也の心遣いだ。 辰也に言われたあたりの本棚を探る。 「これかな…?」 写真の入った缶がある。辰也が言っていたのは恐らくこれだろう。 缶を棚から出すと、隣にあった本が落ちてしまう。 「あっ」 慌ててその本を拾う。 本というには薄く、パンフレットのようだ。 英語で書かれた表紙は、私でもすぐに理解できるほど簡単なものだった。 「?」 「!?」 飲み物を持った辰也が帰ってくる。 慌ててパンフレットを本棚に戻した。 「どうしたの?」 「あの…写真ってこれ?」 「うん」 先ほどの缶を辰也に渡す。 辰也は「まだあんまりないけどね」と言って中から写真を取り出した。 まだ心臓がドキドキ言っている。 先ほどのパンフレット、あれは大学のパフレットだった。 英語で書かれた、アメリカの大学のパンフレット。 たまたまだろう。たまたまもらったものとか、そういうものだ。 少し唸る心の不安を抑えながら、辰也にもらった紅茶を飲んだ。 * 「失礼します」 一礼して職員室を後にする。 今日は推薦の申し込みをしてきたのだ。 私の第一志望の大学は指定校推薦の枠がある。 一学期の成績で校内で推薦する者を決めて、推薦を受けられればほぼ合格が約束された推薦制度だ。 もちろん校内での倍率が高いので、推薦をもらうのはとても厳しい。 だけどここで推薦が取れれば、部活もWCに向けて専念できる。 せっかく第一志望の推薦枠があるのだから、取っておきたいところだ。 「あ、ちんだ〜」 「敦」 職員室から教室へ帰る途中、敦に会った。 敦はまた歩きながらお菓子を食べている。 「また食べ歩いて…。こぼさないようにね」 いくら「食べ歩きはお行儀良くない」と言っても直らないので、最近はこう言うことにしている。 大抵こう言えばぶすっとした顔をするのだけど、今回は神妙な顔で私を見つめている。 「……」 「敦?」 「ちん、真面目な顔〜。なんかあったの?」 敦が自分の眉間をおさえながらそう言ってくる。 思わず自分の頬に触れる。 「うん…推薦の申し込みしてきたから」 「あ、そうなの?受かるといいね」 「ありがと」 そう言ってもらえると少し嬉しくなる。 頬を緩ませると、敦も表情を柔らかいものに変えた。 「大学、東京なんでしょ?」 「うん」 「じゃあ室ちんとは離れちゃうんだね」 敦の言葉に、一瞬思考が止まる。 離れてしまうって、どういうこと? 「…え?」 敦は辰也が東京方面の大学を目指していることを知らないのかと思ったけど、以前「室ちんも東京行くんでしょ?」と言っていたから知らないはずはない。 背中を嫌な汗が伝う。 「だって室ちんアメリカ行くって言ってたよ」 敦はなんでもないような顔でそう言ってのけた。 頭の中が、真っ白になった。 「ちん?」 「……」 「おーい」 敦が私の目の前で手をぶんぶんと振っている。 それ自体は視界に入っているけど、意識は集中しない。 だって、辰也がアメリカに行くって。 「…辰也、東京のほうの大学目指してるって言ってたよ」 絞り出すような声でそう言った。 辰也は確かにそう言っていた。 東京とは限らないけど、関東方面…神奈川とかになるかもしれないけど、その近くの大学を目指すと。 「いつ?」 「…お正月あたり、だけど」 「気変わったんじゃない?オレこの間聞いたもん」 確かに聞いたのはもう8か月も前のことだ。 だけど、辰也は確かにそう言っていたんだ。 「を置いてどこかに行くはずない」とも言っていた。 「そんなはずない!」 大声を出すと、敦は目を丸くする。 はっとして口を抑えた。 「そんなはずないって言われても〜」 「……そんなはずないもん」 ぎゅっとスカートの裾を握る。 そんなはずない。辰也が私を置いてどこかに行ったりするはずない。 「…敦のバカ」 半ば八つ当たりだと思いつつ、思わず口をついて出た。 ふいと顔を背けて、敦を置いて足早に歩き始めた。 そんなはずはない。 辰也は私を置いて遠くに行くはずない。 お正月に進路の話をしたときもそう言っていたし、ついこの間「ずっと一緒にいようね」と改めて言ったばかりだ。 絶対に、そんなはずはない。 そう思っているのに、敦の言葉と、この間辰也の部屋で見つけたアメリカの大学のパンフレットが結びついてしまう。 「?」 教室に向かって歩いていると、後ろから辰也の声がした。 立ち止まって、恐る恐る振り返る。 「…辰也」 「、推薦の申し込みしてきたんだろ?」 辰也は優しい表情でそう聞いてくる。 大丈夫、この表情からわかる。辰也は絶対にいなくなったりしない。 「うん。そうだよ」 「そっか。取れるといいね、推薦」 「うん…」 ぎゅっと自分の前で拳を作る。 聞いても、大丈夫だろうか。 「…あの」 「ん?」 「辰也は、進路…」 そこまで言うと、辰也は一瞬で表情を曇らせてしまった。 汗が背中をもう一度伝った。 「…何かあったの?」 「…うん、少しね。ただ、自分で決めなきゃいけないことだから」 辰也はそう言って目を伏せてしまう。 どうしたらいいかわからず、私も俯いてしまった。 「、ごめん。心配させたかな」 「……」 辰也が私の顔を覗き込んでそう言った。 辰也の優しい言葉が胸に痛い。 「大丈夫、決めたら全部話すよ」 「…うん」 辰也が言っているのは、アメリカとかじゃない。きっと違うことなのだろう。 そう必死に頭の中で否定しつつ、どこか否定しきれない。 怖い。 ← top → 15.05.07 |