合宿二日目の朝。 私たちが女子部屋から食堂に行くと、ほとんど全員がすでに揃っていた。 だけど、嫌でも目に入るあの人がいない。 「ね、辰也。敦は?」 辰也の座っているる席に行ってそう聞いた。 あの2mの巨体。目に入らないなんてことはまずない。 「敦、熱が出たらしくて」 「えっ!?」 「今顧問の先生が診てくれてるみたいだよ」 「そうなんだ…」 熱、ということは風邪でも引いたんだろうか。 敦にしては珍しい。大丈夫だろうか。 「今日は敦は一日お休みだって」 「そっか……」 症状によっては今日だけじゃなく明日もお休みだろう。 もしかしたら帰ることになるかもしれない。 「、心配する気持ちはわかるけどあまり考えすぎないで」 「ん」 辰也の言葉に小さくうなずいた。 だけど、やっぱり心配は尽きない。 * お昼の休憩は一時間だ。 ご飯を食べた後も少し時間に余裕がある。 「辰也、私ちょっと敦のところ顔出すね」 一緒にお昼を食べていた辰也にそう言って立ち上がる。 辰也は「わかっていた」と言わんばかりの顔で笑った。 「だと思った。オレも行くって言ったら」 「辰也はちゃんと休んでて!」 「…そう言うと思った。お大事にって伝えておいて」 辰也はひらひらと手を振る。 少なく休憩時間だ。辰也にはゆっくり休んでいてほしいし、万が一敦の風邪が移ったら大変だ。 私は一人敦が休んでいる部屋に向かった。 * 「はい、どうぞ」 ドアをノックすると、顧問の先生の声がする。 出来るだけ音を立てないよう、ゆっくりドアを開けた。 「失礼します」 部屋の中、右端のベッドで敦は横になっている。 寝ているかもしれないと思いそっと歩いたけど、敦はぱっちりと目を開けていた。 「ちんだ〜」 「敦、大丈夫?」 「大丈夫じゃないから寝てる」 「そ、そうだよね…」 「何しにきたの?」 「様子見に来たの。寝てていいよ」 「いーよ、寝てるのつまんない。構って」 敦の言葉に笑ってしまう。よかった、思ったより元気そうだ。 ベッドサイドにある椅子を引き寄せて、ベッドの隣に座った。 敦の額のタオルに触れると生暖かったので、タオルを取り替える。 ひんやりしたタオルに敦はわかりやすく表情を緩めた。 「あー…気持ちいい〜」 「そう?よかった」 敦がベッドのそばにあるペットボトルに手を伸ばしたので、キャップを開けて敦に渡した。 「…ちんってさ〜」 「ん?」 「ほんとお母さんみたいだよね」 敦の言葉に目を丸くする。 敦はたびたび私をお母さんみたいだと言うけど、私は自分では幼い気がしているんだけど。 「室ちんもオレのことちんの子供ぐらいに思ってるよ絶対」 「そう?」 「だって劉ちんが風邪引いてちんがお見舞い行くって行ったら室ちん絶対止めるでしょ」 「あ、あはは…」 確かに、今日熱を出したのが劉だったら辰也はお見舞い行かせてくれなさそうだ。 辰也はヤキモチ焼きだけど、敦に対しては随分とそれが緩い気がする。 敦の言うとおり、私たちを親子のような感覚で見ているのだろうか。 「お母さん、もう一回ペットボトル取って」 「ふふ、はい」 「ありがと〜。なんかなつかしー」 敦はぼんやり天井を見つめる。 きっと東京の家族を思い出しているのだろう。 「うちのお母さんはこんな心配性じゃなかったけど」 「そうなの?」 「うん。超適当。きょうだい5人もいたし」 「ふふ、そっか」 思わず笑みがこぼれる。 敦が自分の家族のことを話すのは珍しい。 具合が悪くて、弱っているからだろうか。 「…敦、家族と離れて暮らす寂しい?」 小さな疑問を敦にぶつける。 一年後、私は家族と離れて暮らしているかもしれない。 そのことがやっぱり不安なのだ。 「別に〜。こっちにもお母さんみたいなのいるし」 「…そっか」 「あ、でも」 「?」 「来年はいなくなっちゃうんだね」 敦がじっと私を見つめてくる。 胸の奥が痛んだ。 「…うん」 「東京行くんでしょ?」 「うん。受かればね」 「ふーん」 敦はいつものトーンで淡々と話す。 寂しがっているんだろうか。それとも、先輩たちの卒業式みたいに「またいつでも会えるから」と思っているんだろうか。 「室ちんも東京なんでしょ?」 「うん」 「一緒に暮らすの?そしたらちん寂しくないね」 「な…っ!?」 敦の言葉に、かーっと顔が熱くなる。 思わず立ち上がって、大声で否定する。 「暮らさない!暮らさないからね?」 「うー…」 「あっ」 敦は苦い顔で耳をふさぐ。 具合が悪いのにすぐそばで大声を出されて、当然だ。 「ご、ごめん」 「ちんマジ勘弁」 「…ごめん…」 「も〜、オレ寝るから」 「…うん。おやすみ」 敦は口をとがらせて目をつぶった。 すぐに寝息が聞こえてくる。 そろそろ昼休みも終わる頃だ …敦といい、大我くんといい、どうしてみんな一緒に暮らすなんて話になるんろう…。 ← top → 15.01.16 |