敦から辰也がアメリカに行くかもしれないという話を聞いてから一週間。 今は9月の後半、陽泉高校では文化祭が開かれている。 私たちのクラスはたこ焼き屋だ。 「いらっしゃーい!たこ焼き安いよー!」 「いらっしゃいませー」 一緒に売り子をやっている子の声に負けじと私も声を張り上げる。 お祭りとたこ焼きというのは相性がよく、うちの露店はかなり好評だ。 さっきからお客さんがひっきりなしにやってくる。 「いらっしゃ…あ、辰也!」 お客さんにたこ焼き1パックを渡し、次のお客さんに声を掛けようとしたら、相手は辰也だった。 声を弾ませて名前を呼ぶと、辰也は嬉しそうに笑った。 「、来ちゃった」 「ありがと。1パックでいい?」 「うん」 辰也から金券を受け取って、調理係りの子が焼いて詰めてくれたパックを一つ手に取る。 輪ゴムに割り箸を挟み込んで辰也に渡した。 「、休憩いつ?」 「半からだよ」 「あと10分か…じゃあその辺で待ってるから一緒に回ろう」 辰也は時計を見てそう言った。 笑顔でうなずくと、辰也はもう一度頬を緩ませた。 「じゃあ、待ってるね」 「うん」 辰也はそう言って隅のベンチへ向かっていった。 隣の子が「ラブラブじゃーん」なんて茶化してくる。 「…うん」 私と辰也は仲がいい。それは自信を持って言える。 私は辰也が大好きだし、辰也も同じように思ってくれている。 だから、私が辰也と離れ離れなんて嫌なように、辰也だって私と離れるのを嫌だと思ってくれているはずだ。 敦の言っていた辰也がアメリカに行くという話は、きっと敦の勘違いだ。 そうに決まっている。 「辰也、お待たせ」 半になり、私も休憩時間に入る。 辰也のもとへ向かうと、すでにたこ焼きを食べ終えた辰也が笑顔で迎えてくれる。 「お疲れ」 「辰也のほうはクラスの出し物大丈夫なの?」 私たちバスケ部は忙しい身なので文化祭の準備にほとんど顔を出せない。 その代わり、当日は鬼のような忙しさなのだ。 私もこの休憩時間以外はあまり文化祭を見て回る時間がない。 辰也も忙しいはずだけど、時間は大丈夫なんだろうか。 「ああ。あと30分だけだけど」 「そっか…」 「どこか行きたいところある?」 辰也は私の肩を抱きながら優しく聞いてくれる。 手に持っていたパンフレットを広げた。 「んー…」 私は少しお腹空いてるけど、辰也は今たこ焼き食べたばかりだし、辰也と別れた後に何か食べよう。 そうなると…。 「お化け屋敷は?」 「それは嫌!」 迷っていると辰也がちょっと期待した声でそう言ってくる。 お化け屋敷は嫌なので即答で断る。 ただでさえお化け屋敷は苦手なのに、去年辰也と一緒に入ったら辰也は歩いている最中に怖い話してきたのだ。 二度と辰也とお化け屋敷なんて入らない! 「でも敦のとこお化け屋敷だよ」 「あ、本当だ…。…でも嫌!」 辰也の言う通り、敦のクラスの出し物はお化け屋敷だ。 敦のところには顔を出したいところだけど、辰也とお化け屋敷は軽くトラウマだ。 「…去年やりすぎちゃったか」 辰也はぼそりと呟いた。 ジト目で見つめると、唇を尖らせてごまかすような顔をした。 「…もう。菜美ちゃんと笙子ちゃんのとこ行かない?ダーツだって」 菜美ちゃんと笙子ちゃんは部のマネージャーの一年生だ。 二人は同じクラスで、ダーツをやっているらしい。 今二人がクラス当番やっているかはわからないけど、もしいるのなら遊びに行きたい。 「そうだね。えっと…教室でやってるのか」 「うん」 場所を確認して、二人で歩き出した。 * 「あっ、せんぱーい!氷室先輩も!」 二人のクラスに行くと、浴衣を着た菜美ちゃんが教室の前で呼び込みをしていた。 私と辰也を見つけて菜美ちゃんは飛んできてくれる。 「来てくれたんですね!」 「うん。浴衣可愛いね!」 「えへへ、ありがとうございます!」 菜美ちゃんだけじゃなくほかの女子もは何人か浴衣を着ている。 オレンジの明るい浴衣が菜美ちゃんによく似合っている。 「笙子ちゃんは?」 「中にいますよ〜。やってきます?」 「うん!」 「どうぞどうぞ!」 菜美ちゃんに案内されて、辰也と二人で教室の中に入る。 笙子ちゃんも私たちに気付いて、手を振ってくれる。 「先輩!」 「来ちゃった。一回やってっていい?」 「もちろん!先輩と氷室先輩一回ずつですか?」 「ああ」 辰也と私は笙子ちゃんに金券を渡す。 景品棚を見ると、いろんなお菓子が揃ってる。 どうやらいい点を取ると複数のお菓子がもらえるようだ。 「1回4投です。女子はこの線からでーす」 「うん」 笙子ちゃんが示す場所には黄色いガムテープが貼られている。 その線の手前に立って、構える。 やったことないけど、文化祭のものだしそこまで難易度は高くない…はず。 「、頑張って」 「うん」 辰也に応援してもらって、ダーツを投げる。 1投目、2投目は的の端に刺さった。 「うーん…」 もうちょっと真ん中だ。そう思って意識するとうまくいかず3投目と4投目は的を捉えられなかった。 「じゃ、景品一個でーす」 「はーい」 残念だけど仕方ない。 チョコレートのお菓子を一つ取った。 「次、氷室先輩ですね」 「ああ」 「男子はこっちの線です」 辰也は青いガムテープの手前まで下がる。 ダーツを持って構える辰也に見惚れそうになってしまう。 こうやって少し離れて見ると、辰也って本当にかっこいいなあと実感する。 いや、いつも思ってはいるんだけど、離れて見ると客観的に考えられるというか。 「辰也、すごいね!」 辰也は4頭投げ終わった結果、一番いい景品の点数を取った。 「まあ、ちょっとやったことあるから。ビリヤード場って結構ダーツも併設されてるし」 「あ、そっか」 辰也はビリヤードが趣味だ。 前にビリヤード場に連れて行ってもらったときもダーツコーナーが併設されていたっけ。 「じゃ、景品3つでーす!」 「、どれがいい?一緒に食べよう」 「ありがと。えっと…」 辰也に言われて1ついちご味のお菓子を選んだ。 辰也が選んだのはスナック菓子2つ。 「じゃ、どこかで…」 「あ、氷室先輩!ちょっといいっスか?」 そう言って声を掛けてきたのはバスケ部の後輩だ。 「どうした?」 「今度の部活なんスけど」 部活の話題のようだ。辰也は何があっても大体私を優先してしまうけど、部活のこととなれば話は別だ。 辰也は少し真面目な顔になって後輩のもとへ行く。 「先輩」 そう言って私の服の裾を掴んできたのは笙子ちゃんだ。 「どうしたの?」 「あの…」 笙子ちゃんは少し小声で囁くように言う。 身を乗り出して彼女の声に耳を傾けた。 「先輩、何かあったんですか?」 「え…」 「最近ちょっと元気なさそうって言うか…」 そう言われて一瞬俯いてしまう。 だけど、すぐに顔を上げて笑って見せた。 「そんなことないよ?」 「…ならいいんですけど…」 「大丈夫だって!」 ぽんと笙子ちゃんの肩を叩く。 大丈夫だ。心配させるようなことじゃない。 辰也は絶対に、いなくなったりなんてしない。 「、ごめんお待たせ」 「大丈夫だよ。じゃ、笙子ちゃんまたね」 辰也の話が終わったようなので、笙子ちゃんに別れを告げる。 大丈夫。こんなふうに優しく笑いかけてくれる辰也がいなくなるなんて、絶対にない。 そう不安になる心に言い聞かせる。 ← top → 15.05.15 |