文化祭二日目。 事前に辰也の休憩時間を聞いた限り、私とは全くかぶっていない。 今日は辰也とは残念ながら回れないだろう。 「ー、お昼食べに行かない?」 「うん」 お昼過ぎ、私の休憩時間が回ってくる。 同じく休憩に入った友達と共に教室を出た。 「食べたいのある?」 「お好み焼きにしない?近いし」 友達にそう言われ、ふと止まってしまう。 お好み焼きは、辰也のクラスの出し物だ。 「どうしたの?」 「な、なんでもない。お好み焼き食べよ!」 辰也に「文化祭行くね」と約束したし、行かなくちゃ。 暗い顔をしないようにしなくちゃ。 「辰也」 「、いらっしゃい」 隣の教室に入ると、私を見つけた辰也は笑顔でこちらに手を振ってくれる。 「へえ、カレー味なんてあるんだ」 メニューを見るとスタンダードなもののほかにカレー味がある。 友達と相談して一枚ずつ買うことにした。 「お昼?」 「うん」 「そっか。今食べるところいっぱいで…」 「あ、大丈夫だよ」 教室に設置されている飲食スペースはお昼時と言うこともあっていっぱいだ。 ほかに食べるところはあるし、適当に探して食べよう。 「辰也、またね」 「うん」 そう言って、手を振って辰也と別れた。 胸の痛みが止まらない。 ゆっくり食べられる場所を探し、友達と来たのは屋上に続く階段だ。 昨日辰也とお菓子を食べたところ同じところだ。 「、何かあったの?」 階段に座ると、友達が心配そうに聞いてきた。 「え…」 「氷室くんのところ行きたくなかったみたいだし、なんか元気ないし」 そう聞かれ、ぎゅっと自分の膝の上で拳を作った。 ふっと、涙が出てくる。 「!?」 「あのね…辰也が、アメリカに行くかもしれないって」 「えっ!?」 小さな声で言うと、友達が驚きの声をあげる。 「え、なにそれ!本人から聞いたの!?」 友人の問いに首を横に振って答える。 「敦がね、辰也卒業したらアメリカに行くって言ってたって」 友達の腕をつかんで、必死に言葉を紡ぐ。 「伝聞だし、違うかもしれないんだけど」 「いやいや、勘違いでしょ!絶対!」 友達は私の肩を力強くつかむ。 沈んでいた私の背中を真っ直ぐ立たせるように。 「氷室君がのこと置いていくわけないって」 「うん…」 わかってる。辰也がいなくなるわけないって。 だけどどうしようもなく不安になるのは訳がある。 「…辰也の部屋にね、アメリカの大学案内があったの」 「え…」 この間のことを友達に話す。 怖くて誰にも話せなかったことだ。 「そのとき怖くて聞けなかったんだけど、でも、あれ」 「」 友達が宥めるように私の背中をさすってくれる。 ぽろぽろと涙がこぼれた。 「ちゃんと聞ければいいんだけど、もし肯定されたらどうしようって思うと聞けなくて」 「うん」 聞けば安心できるかもしれない。 でも、聞いたら絶望に落とされてしまうかもしれない。 怖くて一歩がどうしても踏み出せない。 「それにね、もし、アメリカに行くんだとしたら、辰也のこと応援しなくちゃいけんだいんだってわかってるんだけど」 辰也がもし自分の夢や目標を追ってアメリカに行こうとしているのなら、私は応援しなくてはいけないんだろうと思う。 大切な人ががんばろうとしているんだから。 「でも、できないの。どうしても嫌なの」 だけど私の心に浮かぶのは「行かないでほしい」という思いだけ。 子供みたいなわがままだってわかってる。 だけど、どうしてもできない。 辰也と離れたくない。 「…」 「…っ」 「まだわかんないし…ね」 友達が必死に励まそうとしてくれるのがわかる。 だけど涙はしばらく止まらなかった。 * 文化祭も無事終了し、振替休日を挟んだ後、通常のスケジュールに戻る。 まだ少しお祭り気分が抜けないまま、お昼休みにクラスの授業の用事で体育教官室に向かった。 「失礼します…」 教官室の扉を開けると、パッと見た限り中には誰もいない。 ノート提出で来たのだけど、先生の机に置いておこう。 そう思って教官室に入る。 「…そうか、決めた…」 「…い…」 体育教官室の奥のほうから話声が聞こえる。 衝立で仕切られた向こう側、先生と生徒が重要な話をするときに使われている一角だ。 聞こえてきた声は、荒木先生と辰也の声だ。 よく聞きなれた二人の声を聞き間違えるはずもない。 わざわざここで話しているということは、重要な話をしているのだろう。 立ち聞きしてはいけないと思い、そっと踵を返したとき、 「…アメリカ…遠い…」 荒木先生の声が、はっきりと聞こえた。 「気軽に…距離じゃ…」 「ああ…」 『アメリカ』という単語がはっきりと聞こえてきた。 頭の中が真っ白になる。 今まで必死に否定してきた現実が、今そこにある。 我を忘れて、廊下を走り抜けた。 ← top → 15.05.29 |