「…失礼します」

放課後、そう言って職員室を後にする。
もうすぐ推薦入試の日なので、今日は小論文の添削をしてもらったのだ。
推薦の日程は来週だ。

「あれ、
「辰也」

職員室のドアを閉めると、廊下の向こうに辰也の姿が見える。
辰也は私を見て手を振るので、私も振り返す。

「職員室行ってたの?」
「うん。小論文の添削してもらったの」
「ああ、もう来週だもんね。なら大丈夫だよ」
「ありがと。先生にも指定校なんだしあんまり気負いすぎるなって言われちゃった」

指定校推薦はほとんど合格が約束されている。
面接や小論文でよっぽどのことをやらかさない限りは受かる。
あまり気負いすぎて緊張してしまってもいけないと言われたので、できるだけリラックスして行きたい。

「辰也は再来週だっけ?」
「うん。オレのほうもほとんど意思確認みたいなものだけど…」
「頑張ってね」

そう言って笑いかけると辰也はにっこり笑い返してくれる。
頑張らなくちゃ、そう思う。

「辰也は?職員室に用事?」
「オレも推薦のことでちょっとね。監督、教官室にいなかったからこっちかなって」
「監督?こっちにもいなかったよ」

さっき職員室から出たとき、荒木監督は職員室にはいなかった。
私が職員室にいたのは本当に今さっきのことなので、今もいないだろう。

「そっか…」
「一緒に探そうか?」
「ううん、大丈夫。そんな急ぎじゃないから」
「そう?」
「うん。、お昼食べた?」
「まだだよ」
「一緒に食べない?」
「うん!」

辰也の誘いに喜んで答える。
先生からの話は長くなるかもしれないと思っていたので、鞄ごとお弁当は持ってきている。
辰也も鞄を持っているので、その中にお弁当か購買で買ったパンが入っているのだろう。

「部室でいい?」
「うん」

そう言って私と辰也は部室に向かった。







、来週試験だよね」
「うん…緊張するなあ」

部室でお弁当を食べながらそんな会話をする。
この時期となればさすがに受験の話題が多くなる。
相手が辰也でも例外ではない。

なら大丈夫だよ。指定校なんだし」
「ありがと。辰也はその次だっけ?」
「うん」

私は来週、辰也は再来週試験で上京する。
部の他の3年生たちも、ときどき試験で部を休んでいる。
そういう時期なんだなと、実感する。

「辰也は試験、一泊するの?」
「いや、オレは午後に少し話をするだけだから。は一日掛かりなんだろ?」
「うん。午前中に小論文で、午後に面接だって」

秋田から東京までは遠い。さすがに朝から試験があると前の日から東京にいないと試験に間に合わない。

、上京するときはホテル泊まるの?」
「ううん。今回は親戚の家。いとこの結婚式のときは仕事でいなかったから泊めてもらえなかったけど今回は大丈夫だから」
「そっか。よかった」

辰也は安心したようにほっとしたように息を吐く。
辰也は本当に心配性だ。そんなに心配しなくても…と思うけど、辰也の優しさだからありがたく受け取っておこう。

「うん。ちゃんと気を付けるから」
「オレがついていけたらいいんだけど…」
「もう」

辰也は冗談の類ではなく、本気の表情でそう言ってくる。
辰也はいつもこうなんだから。

「……」
「??どうしたの?」

じっと辰也を見つめていると、辰也がきょとんとした顔で聞いてくる。

「…秋田と東京って遠いよね」
「?そうだね、オレも日帰りするけど移動で一日埋まっちゃうし…」
「離ればなれにならなくて、よかったなあって」

秋田と東京は遠い。気軽に行き来できる距離じゃない。
辰也と離れることにならなくて本当に良かったと思う。

「そうだね」

辰也は私を優しく抱き寄せる。
目を瞑って辰也の存在を噛み締める。

本当に一緒にいられて、よかった。





「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい。しっかりね」
「うん」

受験前日、私は今日東京の親戚の家に泊まり、明日の朝受験予定の学校に向かうことになっている。
滅多なことがない限り大丈夫だとわかっているけれど、やはり不安なものは不安だ。
新幹線の席に座って、息を一つ吐く。

「!」

ポケットに入れた携帯電話が震える。
辰也からメールだ。

、頑張ってね。なら絶対大丈夫だから』

メールの文面を見て思わず笑みが零れる。
辰也はいつだって私を応援してくれている。
そう思えば、なんだって頑張れる気がする。

『ありがとう。頑張るね』

そう打って返信をする。
ぎゅっと携帯を握りしめて辰也の顔を思い出せば、とても安心できる。

人を好きになるってとても不思議だ。
辰也のことを思えばドキドキして落ち着かなくなるのに、同時に安心してリラックスできたりもする。
どちらも本当の気持ちで、相反する気持ちが同居するのを不思議だと思う。





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15.07.24