映画の試写会が始まるのは夕方。 とりあえずお昼ご飯を食べたけど、まだだいぶ時間がある。 そこで氷室が誘ってくれたのが、映画館の近くにあるビリヤード場。 「わー…こんなところにビリヤード場なんてあったんだね」 「あんまり目立つ場所じゃないから、気付かないだろうね」 「うん」 そもそもビリヤードなんてしたことないから、あまり気にしたこともなかったけど。 「氷室、詳しいの?」 「結構好きなんだよ、向こうではよくやってたな」 「へえー…」 なんか、ビリヤード場って大人っぽいイメージだから緊張しちゃう。 …そして、氷室にやたら似合う…。 いざビリヤード場に入ってみる。 恥ずかしながら、ビリヤードのルールなんて全然わからない。 それどころか、この…棒?キューだっけ?の持ち方すら。 「大丈夫だよ、全部一から教えるから」 「うん、ありがとう」 「とりあえず、持ち方だね」 「う、うん…」 見よう見まねでフォームを取ってみる。 …なんか違う。 「…なんか違うよね?」 「うーん、右手が…」 「こう?」 「いや、こんな感じ」 そう言うと、氷室は私の体を後ろから抱え込むようにする。 え、えええ!? 「ひ、氷室」 「こっちの手は、この辺りにね」 「う、うん…」 「もうちょっと、力抜いて?」 こ、この状況でそれは無理…! 顔を赤くして体を強張らせると、氷室の小さな笑い声が聞こえた。 「ひ、氷室、わざとやってるでしょ…!」 「そんなんじゃないよ?これが一番わかりやすいかなって」 「…ていうか、その」 「ん?」 「あんまり、そこで喋らないで…」 氷室が喋ると、ちょうど私の耳元に息が当たってこそばゆい。 なんというか、すごく、変な感じが…。 「どうして?」 「…っ、だって…」 「ねえ」 氷室は楽しそうな声で、吐息多めにそう囁く。 ぜ、絶対わざとだ…! 「ば、バカ!」 「はは、ごめんね、やりすぎた?」 「…っ!」 氷室は優しく笑いながら、私の頭を撫でる。 …も、もう! 「じゃあ、次は一人で構えられるようになろう」 「う、うん…」 * 「あれ、もうこんな時間…」 ビリヤードに夢中になっていると、いつの間にか時間が来ている。 「じゃあ、もう終わりだね」 「うん、教えてくれてありがとう。氷室、教えるのうまいね」 「そんなことないよ。が飲み込み早いんだよ」 「そうかなあ…。氷室、部で一年生とかに教えるのもうまいじゃない」 部活中、氷室が後輩に指導する姿を見るけど、傍から見るだけでもわかりやすいといつも思っていた。 ルールを教えてくれた時も丁寧に教えてくれたし、教えるのうまいなあ。 「そんなでもないと思うけど」 「…そんなことあるよ」 …前から思ってたけど、氷室は何か褒めると、いつも「そんなことないよ」って返してくる。 少し、寂しい。 「じゃあ、もう出ようか」 「…うん」 氷室はいつも、どこか自信がなくて。 …氷室がそんなふうに言う理由はわかる。 多分、合宿の時に話してくれたことが一番の原因だろう。 わかるけど、それでも…。 「…」 ビリヤード場から出る時、私は自分から氷室の手を握った。 「珍しいね、から」 「…いけない?」 「ううん、嬉しいよ」 氷室はにっこり笑ってそう言う。 私の気持ちが少しでも伝わればいい。そう思って、氷室の手をぎゅっと握った。 ← top → 13.04.05 |