ようやく試写会の時間。
友人に聞いたところによると、感動ものの映画らしい。

「面白いといいね」
「うん」

ドキドキしながら、映画館の席に着く。
暗い中で隣に座って、やっぱり、ドキドキしてしまう。

「…」

ちら、と横目で氷室を見ると目が合った。
そのまま優しく笑いかけられて、顔が赤くなる。

…毎日、こんなふうに氷室にドキドキして。
いつか慣れるかなって思ってたけど、全然慣れる気配がない…。

いつもそう。写真の氷室を見るだけでドキドキして。
実際に会えば当然もっと。
手を繋いで、キスをして、そのたびに心臓が飛び出るんじゃないかと思う。

氷室は全然そんな気配はなくて。
私はデートに誘うのだって緊張して仕方なかったのに、氷室はごく自然に、あっさりと。
いつも私ばっかりドキドキしている。

このままじゃ、いつか心臓が持たなくなっちゃうんじゃないかなあ…。





「……」
「……」


いよいよ映画が始まったけど、正直、面白くない…。
今日あまり眠れなかったせいもあって、眠くなってきた。

「…」

氷室はどうなんだろう。そう思って横を向くと、ぐっすり眠っている。
寝顔はいつもより幼くて、ちょっと可愛い。

毎日部活で、氷室も疲れているんだろう。
映画もイマイチだし、そっとしておこう。

「…ふあ」

小さいあくびを一つする。
ああ、ダメだ。瞼が、落ちてくる…。




「…ん」

ふと目を覚ませば、映画はエンディングロール。
…こんなに寝てしまったのか…。

「おはよう」
「…え、あ」

氷室に小声でそう囁かれ、恥ずかしさがこみ上げる。
わ、私寝すぎ…!しかも寝顔ばっちり見られた…!

「よく寝てたね」
「…氷室こそ」

エンディングロールも終わったので、普通の大きさの声で話し始める。
氷室だって、結構寝ていたはずだ…。

「ごめんね、せっかくチケットくれたのに」
「いいよ、私だって寝ちゃったし…」

そんな話をしながら、劇場を後にする。

の寝顔見るの、二度目だな」
「…あ、合宿?」
「うん」

合宿の帰りのバスの中、氷室の隣でぐっすり寝てしまったのを思い出す。
…あのときも恥ずかしかったけど、今回もなかなか…。

「こういうとこならまだいいけど、二人きりのときとかは寝たりしたらダメだよ?」
「え?」
「多分、キスだけじゃすまない」

その言葉に顔が赤くなる。

「…寝たりしないよ」

いくら相手が氷室でも、さすがに男の人と二人きりで寝たりなんてしないし、できない。
さすがにそこまでバカじゃない。

「…って、え?」
「どうしたの?」
「…『キスだけじゃすまない』って、もしかして…」

あの言い方は、もしや。

「…したの?」
「うん」
「!」

な…!
き、キスって、ここで!?

「ま、周りにいっぱい人いたのに…!」
「暗かったし、みんな映画見てたから、誰も気づいてないよ」
「でも…!」
「オレの前で油断したがいけないんだよ」

氷室はそう言うと指で私の唇をなぞる。
また顔が赤くなるけど、違う!そうじゃない!今確実にいけなかったのは氷室の方だ…!

「っていうか、まさか」
「?」
「が、合宿の時は…」

まさかとは思うけど、合宿のバスでキスなんて…してないよね…?

「さすがにしてないよ」
「だ、だよね…」
「オレだってその辺りの良識はあるつもりだから。付き合う前にキスしたりしないよ」
「……」
「どうしたの?」
「…付き合うときだって、微妙にフライングでキスしてなかった?」

氷室に好きだと言われたとき、私の返事を聞く前にキスしてた気がするんだけど…。

「あれは、ちょっと我慢できなくて」
「…我慢してください」
「嫌だった?」
「…嫌じゃないけど」

嫌じゃないけど、TPOっていうのがあるんだよ…。

「人前では絶対ダメだからね」
「…」
「返事は?」
「出来るだけ頑張る」
「頑張るじゃなくて!」
「だって、が可愛いのがいけないんだよ」

そう言って氷室は私の頭を撫でる。
いけないって、責任転嫁…!

が可愛い顔で誘ってくるのがいけないんだよ」
「誘ってない!」
「無意識なら、もっと性質が悪い」

氷室は私の頬を優しくなぞる。

「オレがどれだけ我慢してるか知ってる?」
「我慢、って」
「これでもキスだけで頑張って抑えてるんだよ」

苦笑しながらそう言われてしまって、私は言葉が出てこない。
キスだけで、って。
言いよどんでいると、氷室は何か見つけたような顔をする。

「おーい、氷室じゃん」

氷室の目線の先には、クラスの男子数名。
あちらも氷室を見つけたらしく、声を掛けて来た。
恥ずかしくて手を離そうとするけど、氷室は私の手を握る手を強めて、離させない。

「あれ、…」
「なに、お前らデート?」
「そうだよ」

冗談めかして聞いてくるクラスメイトに、即答する氷室。
その通りなんだけど、そう答えられると、照れてしまう。

「はー、いいなー…」
「んじゃ、ごゆっくりな〜」
「ああ、またな」

そう言って男子たちは去って行く。
彼らが小声で「あいつら、付き合ってんだな…」なんて話してるのが聞こえてきた。

「…あんまり、私たちが付き合ってるの知られてないんだね」
「そうみたいだね」

バスケ部のみんなは当然知っているし、文化祭も一緒に回ったりした。
さすがに氷室は人気だから女子は知ってる子も多いけど、もともと噂話をしないような男子は知らない人も多いみたいだ。

「オレとしては、もっと知られてもいいんだけどな…」
「え」
「嫌?」
「嫌じゃないんだけど、ちょっと恥ずかしいような…」

隠したいわけじゃない。けど、なんとなく気恥ずかしい。

「だって、みんなにがオレのものだって知ってもらえれば、誰もに手出したりしないだろ?」
「そ、そんな心配しなくても大丈夫だって」
「心配するよ。こんなに可愛いのこと、他にも誰かが好きになるに決まってる」

氷室はいつもそう言うけど、その心配は私の方だ。
かっこよくて、背も高くて、優しくて、バスケ部レギュラーで、帰国子女で目立っていて。
実際いろんな子に声を掛けられていて、私がどれだけ心配しているか。

「…でも、知られてもあんまり意味ないと思う…」
「?」
「だって、恋人がいたって、好きな気持ちは止められないよ」

考えたくはないけど、もし、氷室が選んだのが私じゃなくて他の女の子で。
そんな状況で私が氷室に会って、氷室に彼女がいるのをわかっていても、私は氷室への気持ちを止められないと思う。

「…そっか」
「でしょ?」
「うん、そうだね」

そうだよ。止められるはずがない。
だって、こんなに好きで、大好きで、心臓が爆発しちゃうんじゃないかと思うくらい、氷室が好きなのに。
この気持ちを諦めるなんて、絶対にできない。







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13.04.12