ようやく試写会の時間。 友人に聞いたところによると、感動ものの映画らしい。 「面白いといいね」 「うん」 ドキドキしながら、映画館の席に着く。 暗い中で隣に座って、やっぱり、ドキドキしてしまう。 「…」 ちら、と横目で氷室を見ると目が合った。 そのまま優しく笑いかけられて、顔が赤くなる。 …毎日、こんなふうに氷室にドキドキして。 いつか慣れるかなって思ってたけど、全然慣れる気配がない…。 いつもそう。写真の氷室を見るだけでドキドキして。 実際に会えば当然もっと。 手を繋いで、キスをして、そのたびに心臓が飛び出るんじゃないかと思う。 氷室は全然そんな気配はなくて。 私はデートに誘うのだって緊張して仕方なかったのに、氷室はごく自然に、あっさりと。 いつも私ばっかりドキドキしている。 このままじゃ、いつか心臓が持たなくなっちゃうんじゃないかなあ…。 * 「……」 「……」 いよいよ映画が始まったけど、正直、面白くない…。 今日あまり眠れなかったせいもあって、眠くなってきた。 「…」 氷室はどうなんだろう。そう思って横を向くと、ぐっすり眠っている。 寝顔はいつもより幼くて、ちょっと可愛い。 毎日部活で、氷室も疲れているんだろう。 映画もイマイチだし、そっとしておこう。 「…ふあ」 小さいあくびを一つする。 ああ、ダメだ。瞼が、落ちてくる…。 * 「…ん」 ふと目を覚ませば、映画はエンディングロール。 …こんなに寝てしまったのか…。 「おはよう」 「…え、あ」 氷室に小声でそう囁かれ、恥ずかしさがこみ上げる。 わ、私寝すぎ…!しかも寝顔ばっちり見られた…! 「よく寝てたね」 「…氷室こそ」 エンディングロールも終わったので、普通の大きさの声で話し始める。 氷室だって、結構寝ていたはずだ…。 「ごめんね、せっかくチケットくれたのに」 「いいよ、私だって寝ちゃったし…」 そんな話をしながら、劇場を後にする。 「の寝顔見るの、二度目だな」 「…あ、合宿?」 「うん」 合宿の帰りのバスの中、氷室の隣でぐっすり寝てしまったのを思い出す。 …あのときも恥ずかしかったけど、今回もなかなか…。 「こういうとこならまだいいけど、二人きりのときとかは寝たりしたらダメだよ?」 「え?」 「多分、キスだけじゃすまない」 その言葉に顔が赤くなる。 「…寝たりしないよ」 いくら相手が氷室でも、さすがに男の人と二人きりで寝たりなんてしないし、できない。 さすがにそこまでバカじゃない。 「…って、え?」 「どうしたの?」 「…『キスだけじゃすまない』って、もしかして…」 あの言い方は、もしや。 「…したの?」 「うん」 「!」 な…! き、キスって、ここで!? 「ま、周りにいっぱい人いたのに…!」 「暗かったし、みんな映画見てたから、誰も気づいてないよ」 「でも…!」 「オレの前で油断したがいけないんだよ」 氷室はそう言うと指で私の唇をなぞる。 また顔が赤くなるけど、違う!そうじゃない!今確実にいけなかったのは氷室の方だ…! 「っていうか、まさか」 「?」 「が、合宿の時は…」 まさかとは思うけど、合宿のバスでキスなんて…してないよね…? 「さすがにしてないよ」 「だ、だよね…」 「オレだってその辺りの良識はあるつもりだから。付き合う前にキスしたりしないよ」 「……」 「どうしたの?」 「…付き合うときだって、微妙にフライングでキスしてなかった?」 氷室に好きだと言われたとき、私の返事を聞く前にキスしてた気がするんだけど…。 「あれは、ちょっと我慢できなくて」 「…我慢してください」 「嫌だった?」 「…嫌じゃないけど」 嫌じゃないけど、TPOっていうのがあるんだよ…。 「人前では絶対ダメだからね」 「…」 「返事は?」 「出来るだけ頑張る」 「頑張るじゃなくて!」 「だって、が可愛いのがいけないんだよ」 そう言って氷室は私の頭を撫でる。 いけないって、責任転嫁…! 「が可愛い顔で誘ってくるのがいけないんだよ」 「誘ってない!」 「無意識なら、もっと性質が悪い」 氷室は私の頬を優しくなぞる。 「オレがどれだけ我慢してるか知ってる?」 「我慢、って」 「これでもキスだけで頑張って抑えてるんだよ」 苦笑しながらそう言われてしまって、私は言葉が出てこない。 キスだけで、って。 言いよどんでいると、氷室は何か見つけたような顔をする。 「おーい、氷室じゃん」 氷室の目線の先には、クラスの男子数名。 あちらも氷室を見つけたらしく、声を掛けて来た。 恥ずかしくて手を離そうとするけど、氷室は私の手を握る手を強めて、離させない。 「あれ、…」 「なに、お前らデート?」 「そうだよ」 冗談めかして聞いてくるクラスメイトに、即答する氷室。 その通りなんだけど、そう答えられると、照れてしまう。 「はー、いいなー…」 「んじゃ、ごゆっくりな〜」 「ああ、またな」 そう言って男子たちは去って行く。 彼らが小声で「あいつら、付き合ってんだな…」なんて話してるのが聞こえてきた。 「…あんまり、私たちが付き合ってるの知られてないんだね」 「そうみたいだね」 バスケ部のみんなは当然知っているし、文化祭も一緒に回ったりした。 さすがに氷室は人気だから女子は知ってる子も多いけど、もともと噂話をしないような男子は知らない人も多いみたいだ。 「オレとしては、もっと知られてもいいんだけどな…」 「え」 「嫌?」 「嫌じゃないんだけど、ちょっと恥ずかしいような…」 隠したいわけじゃない。けど、なんとなく気恥ずかしい。 「だって、みんなにがオレのものだって知ってもらえれば、誰もに手出したりしないだろ?」 「そ、そんな心配しなくても大丈夫だって」 「心配するよ。こんなに可愛いのこと、他にも誰かが好きになるに決まってる」 氷室はいつもそう言うけど、その心配は私の方だ。 かっこよくて、背も高くて、優しくて、バスケ部レギュラーで、帰国子女で目立っていて。 実際いろんな子に声を掛けられていて、私がどれだけ心配しているか。 「…でも、知られてもあんまり意味ないと思う…」 「?」 「だって、恋人がいたって、好きな気持ちは止められないよ」 考えたくはないけど、もし、氷室が選んだのが私じゃなくて他の女の子で。 そんな状況で私が氷室に会って、氷室に彼女がいるのをわかっていても、私は氷室への気持ちを止められないと思う。 「…そっか」 「でしょ?」 「うん、そうだね」 そうだよ。止められるはずがない。 だって、こんなに好きで、大好きで、心臓が爆発しちゃうんじゃないかと思うくらい、氷室が好きなのに。 この気持ちを諦めるなんて、絶対にできない。 ← top → 13.04.12 |