「もう、だいぶ寒くなってきたね」
「うん」

映画も終わり、並んで歩く帰り道。
凍えるほどじゃないけど、このあたりもだいぶ寒くなってきた。

「ふあ…」
「まだ眠い?」
「…う」

あくびが出そうになったからかみ殺したけど、ばれた…。

「う、うん、ちょっと」
「疲れてるんじゃないか?」
「え?」
「さっきもよく寝てたからさ。部活もあんまり無理しちゃダメだよ」

そう言われて、思わず俯いてしまう。
心配してくれるのは嬉しいけど、でも。

「…無理するよ」
「え?」
「私、もう、頼まれたからマネージャーやってるんじゃないよ。やりたくてやってるから、だから、みんながたくさん練習するみたいに、無理だってするよ」

夏休みの間、よく「無茶するなよ」って言われてきた。
みんな、私を半ば無理矢理マネージャーに誘ったと言う負い目があったようで。
でも、私はもう頼まれてマネージャーやってるんじゃない。
マネージャーするのは大変だけど、楽しくて、だから、続けているんだ。

「心配してくれてるのに、こんなこと言ってごめんね。でも、私、やりたいんだよ。みんなが頑張ってるから、私だって、頑張ってマネージャーしたいの」
「…ありがとう」

氷室はそう言うと、私を抱き寄せる。

「ひ、氷室」
「すごく嬉しいよ。でも、だったら余計無理しないで」
「…?」
がいなくなったら、みんな困るんだから」

氷室は私を抱き寄せた手で、優しく頭を撫でる。
私は小さく頷いた。

「…氷室も無理しちゃダメだよ?」
「でも、練習して少しでもうまくならないと」

氷室は少し切なげな表情でそう言った。
思わず氷室の頬を撫でる。

「…あんまりしすぎると怪我しちゃうよ」
「…うん」

そう言うと氷室は苦笑しながら頷いた。

「…もう、みんな、無茶しすぎだよ」
「…ほら、やっぱりは無理しちゃダメだよ」
「?」
「だって、みんなが無茶した時に止める人がいないとダメなんだから」

氷室は、今度はにっこりとした笑顔で言う。

「じゃあ、早く帰ろうか」
「え?」
「もう冷えてきたし、大切なマネージャーに、何かあったら大変だ」

そう言って氷室は歩く速度を速めようとする。
私は思わず、氷室の手を引っ張った。

?」
「あ、の…」
「…?」
「急いで帰らなくても…」

言いよどむ私を見て、氷室は少し屈んで私と目線を合わせる。

「…その、ね。…もう少し、一緒にいたいから…」

せっかく一日一緒にいられるのに、早足で帰るなんてもったいない。
もう少し、一秒でも長く、一緒にいたい。

「…が風邪引いたら、オレのせいだな」
「だ、大丈夫だよ」

氷室は私のおでこにキスをして、少し苦笑いをしてそう言った。

「じゃあ、ちょっといい?行きたい場所があるんだ」
「?」
「そんなに遠いとこじゃないよ」

そう言われるままに、私は氷室についていった。

「こっち、学校のほうだよね?」
「うん」

駅に向かっていた道を抜けて、学校のある方へ。
どこに行くんだろう。

「あ…」

着いたのは、小さな公園。
ここは…

「ちょうど一ヶ月前、ここでが、オレのこと好きだって言ってくれた」

そう、ちょうど一ヶ月前、この公園で、私と氷室は付き合い始めた。

「覚えてたんだ…」
「当たり前だろ」

覚えてた、というより気にしてくれていたんだ。
男の人ってあんまり記念日とか気にしないって聞くし、一年とかならともかく、一ヶ月。

「おいで」

氷室はそう言うと、あのときのベンチに座る。
…ちょっと、冗談でもやってみようかな。
そう思って、わざと一つ分開けた隣に座ってみる。

「ダメ」
「わっ!?」

氷室は私を抱きかかえて、自分の方に引き寄せる。

「じょ、冗談だよ」
「わかってるよ。でも、ダメだ。結構ショックなんだよ?」
「…ごめん」
「うん。だから、これから、はずっとここにいて」

氷室はそう言うと、私をぎゅっと抱きしめる。
…うん。
ずっと、これから先も、ずっと私はここにいる。



名前を呼ばれて、顔を上げる。
少し氷室の顔が近付くから、私は目を閉じた。

「…夢みたい?」

氷室は唇を離すと、おでこだけくっつけてそう聞いてきた。
もう、わかってるくせに。

「うん、夢みたい」
「夢じゃないよ」

夢じゃないことくらい、もうわかってる。
わかってるけど、夢みたいだと答える。
そう言えば、氷室はまた私にキスをする。

「…あのとき、好きだって言ってくれて、本当に嬉しかったんだよ」
「…私も、嬉しかったよ」
「同じだ」

そう言って私と氷室は笑い合う。
私も、氷室も、同じ。

が言われて、されて嬉しいことは、きっとオレも嬉しい」

氷室は何かを期待するような瞳でそう言ってくる。
私からも、何かしないと。そう思わせる目。

「…」

私が言われて嬉しいこと。私がされて嬉しいこと。

私はぎゅっと氷室の服を掴んだ。

「あ、の」
「うん」

私がされて、嬉しいこと。
私が、氷室にされて、嬉しいこと。
私は背筋を伸ばした。

「!」

氷室の唇と、自分の唇を合わせる。
私がされて、嬉しいこと。

氷室にキスをされると、嬉しいから。

「え、っと、あの」
「……」
「わっ!?」

してみたはいいものの、氷室は目を丸くするだけで何も言わない。
どうすればいいんだ…と思っていたら、氷室は私を強く抱きしめる。

「ん…っ!?」

抱きしめる力が強くて少し痛いと訴えようとしたら、今度は氷室からキスをしてきた。
いつもみたいな優しいキスじゃない。
強引で、乱暴なキス。

「…ふっ…」

ただ唇を合わせるだけじゃない。
氷室の舌が私の歯列を割って、口内に入り込んでくる。
そういうキスは初めてじゃないけど、今までとはどこか違う。
ゾクゾクするような、全身の力が抜けるような、不思議な感覚。

「…っ、はあ…」


息が苦しくなってきたところで、氷室は唇を離す。
氷室の瞳は、熱っぽい。

「ひ、氷室」
「…キスしてくれるなんて、思わなかった」

氷室は私をぎゅっと抱きしめる。
今度は力強いけど、優しい感触。

「だ、だって、同じことが嬉しいっていうから」
「…オレ、好きって言ってくれないかなって意味で言ったんだよ」
「え!?」
「あんまりから言ってくれないだろ?」

そ、そっちだったの…!
う、うわ。穴があったら入りたい…!

「すごく嬉しかった。初めてからしてくれた」
「う、そ、その」
「ねえ、。オレにキスされたら、どう思うの?」

氷室は薄く笑いながらそう聞いてくる。

「え、っと、人前でされたら、その、困るけど…」
「じゃあ、二人きりなら?」
「…嫌じゃないよ」
「それだけ?」

氷室は私の唇をなぞる。
わかってる、くせに。

「…嬉しい、よ」

そう言うと、氷室はまたキスをする。
今度は優しいキスから、段々と深いものに変わる。

また、変な感覚が、

「…っ」

ぎゅっと氷室の腕を掴むと、氷室はキスをやめて、少し切なそうに笑った。

「氷室、」
「…ごめん、。もう帰ろう?」
「え?」
「これ以上一緒にいたら、我慢できなくなりそうだ」

氷室は私の頭を優しく撫でて、そう言った。
我慢、って、それは。

「帰ろう?」
「う、うん」

そう言って、氷室は私の手を取る。

…我慢っていうのは、多分、そう言うことなんだろう。
氷室の手をぎゅっと握る。
そうすれば氷室は優しく笑いかけてくれる。

キスをされると、嬉しい。
じゃあ、その先は。

?」
「あ、いや…なんでもない」
「そう?」

…多分、考えても答えは出ないだろう。
私は半ば無理矢理、思考を止めた。

「家まで送るね」
「…うん」

そう言って、氷室と手を繋いでゆっくり歩き出す。
今日の話をしていれば、あっという間に私の家に。

「じゃあ、また明日」
「うん」

そう言うと氷室は触れるだけのキスをして、自分の家へ帰って行く。

「……」

唇を自分の指でなぞる。
今日一日一緒にいられた幸せと、ほんの少しの不安を抱えながら、氷室の後姿を見送った。





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13.04.19