「あ、敦ー」

今日も厳しい練習が終わり、着替え終えた敦を捕まえる。

「なーに〜?」
「はい、これ」
「?」
「昨日誕生日だったでしょ?おめでとう」

10月9日は敦の誕生日だ。
昨日は校内清掃で渡せなかったから、今日持ってきた紙袋を敦に渡す。

「わー!マジで〜?プレゼント?」
「うん。昨日氷室と一緒に買って来たんだよ」
「わ〜!お菓子だ」

敦へのプレゼントと言えば、お菓子しかないだろう。

ちんありがと〜」
「どういたしまして…って」

敦は早速お菓子の袋を開けて食べ始める。
…まあ、食べるのはいいんだけど、こんな外で食べなくても…。

「敦、帰ってから食べたら?」
「え〜…だってすぐ食べたいじゃん」
「お行儀悪いよ?」
「…ちん、お母さんみたい」
「…は?」

お母さん…?

「優しいんだけどさー、ときどき『お行儀よくしなさい』とか叱ったりさー、お母さんって感じー」
「…こんな大きな子供を産んだ覚えはないんだけど…」
ちんがお母さんなら、お父さんは室ちんだねえ」
「な…っ」

氷室がお父さんって、え、な、なに言ってるの!?

「お、お父さんって…違うよ!」
「違うの〜?じゃあ室ちん以外と結婚するの?」
「そ、そういう話じゃ…!」

頭が混乱してきた。
私がお母さんで、氷室が、お父さんって…。
う、うわ。顔が赤くなっちゃう。

「あれ、。もう渡したの?」

赤くなった顔を手で押さえていると、着替え終えた氷室がやってくる。
何もこのタイミングで来なくても…!

「あ、お父さんだ〜」
「…?お父さん?」
「あ、敦」
ちんお母さんみたいだから、それなら室ちんお父さんでしょー?」

あ、敦…!
氷室は最初訳がわからないという顔をしていたけど、敦の(よくわからない)説明を聞いて納得したような表情を見せる。

「でもちんは室ちんと結婚する気ないんだって〜」
「え?」
「い、言ってない!そんなこと言ってないよ!」

氷室はすごく悲しそうな顔をする。
そ、そんな顔されると…。

「ち、違うの。ただ私敦のお母さんじゃないしだから氷室もお父さんじゃないでしょって、そういう話で」

「は、はい」
「オレと結婚する気、ないの?」

氷室は眉を下げてそう言う。
結婚、結婚って。
氷室と、結婚。

「…っ」

声が出ない。
私の顔は今、きっと真っ赤だ。


「…っ」
「可愛いね」

そう言って氷室は私のおでこにキスをした。

「その表情だけで、満足だよ」
「ひ、氷室」
「うちのお父さんとお母さんはー、すぐにイチャイチャしだすのが難点ですー」
「!」

敦の声ではっと我に返る。
そ、そうだ、敦いたんだ…。

ちん、今オレのこと忘れてたでしょ」
「わ、忘れてない、忘れてない」
「嘘だ〜子供のこと放っといてイチャイチャとか最低〜」
「い、イチャイチャって…。元はと言えば敦が変なこと言うから…!」
「お前ら、何やっとるんじゃ?」

今度来たのは岡村先輩。
喚いている私たちのところにやってくる。

「主将は…おじいちゃんかなー」
「?おじいちゃん?」
ちんがお母さんでー室ちんがお父さんでー、主将はおじいちゃん」
「…おお!なるほど!」

あの説明で本当にわかったのか、岡村先輩はぽんと手を叩く。

「それなら、はワシの大切な一人娘じゃのう…」
「岡村先輩も乗らないでください!」
「まだ嫁にはやらんぞ!」

岡村先輩は氷室に向かってそう言う。
なんだかわけのわからない小芝居が始まってしまった。
どうするの、これ…。

「お父さん」
「お前にお父さんと呼ばれる筋合いはない!」
「一生、大切にします。さんのこと、幸せにしますから」
「そうだよ〜子供も生まれちゃってるから認めないとー」
「ででで出来ちゃった結婚なんて認めんぞ!!」

そんなふしだらな娘に育てた覚えはない!と岡村先輩は私に向かって言う。
みんなノリノリの中、私は1人ついていけてない。

「お前ら、うるせーぞー」
「なにやってるアルか」

とうとう福井先輩と劉までやってきた。
いつまでこの小芝居続くんだろう…。

「おお、福井。劉もか」
「アツシ、福井さんは?」
「んー…伯父ちゃん?ちんのお兄ちゃんかな〜」
「はあ?」

福井先輩が間抜けな声を出す。
敦がさっきの説明をもう一度すると、福井先輩と劉はため息を吐いた。

「なに、それでこんな小芝居してんの?」
「ずいぶん面白いことしてるアル」
「んじゃ、劉は?」
「んー…叔父ちゃん。室ちんの弟ー」
「すごいな。陽泉一家の出来上がりだ」
「わ〜い」
「いやいや!ワシはまだ結婚なんて認めてないからな!!」

岡村先輩は私と氷室の間に入ってくる。
先輩、落ち着いてください。

「もう認めなって〜ラブラブなんだからー」
「そうそう、ヤキモチはみっともないぜ、親父」
「なんで福井先輩まで乗ってるんですか…」
「ぐぬぬ…」

岡村先輩は何か堪えるような顔をした後、私のほうへ向きなおす。
そして涙を浮かべながら、私の肩を叩いた。

「…幸せになるんじゃぞ」

…先輩…。
あれ、なんか私も切なくなってきた。


「…氷室」

氷室は私の手を取ると、優しく微笑む。

「必ず、幸せにするよ」

周りから歓声とヒューヒューという声が聞こえる。
なんだろう。すごく、おかしい状況のはずなのに、嬉しい。

ちん、顔真っ赤〜」
ちんじゃなくて、お母さんだろ?」
「あ、うん、お母さん、幸せになってね〜」

敦は嬉しそうに笑っていて、福井先輩と劉は悪戯っぽい笑み、岡村先輩はとうとう泣きだした。
氷室は幸せそうに、穏やかに笑っている。

「…うん」

胸の奥が、きゅんとなる。
好きな人が目の前にいて、大切な仲間たちがたくさんいて。
ああ、こういうの、幸せって言うんだろう。

「おい、お前ら。もう下校時刻だぞ」
「あ、監督」

わいわい盛り上がってたら、いつの間にか監督までやってきてしまった。
そうだ、もう帰らないと。

「まさ子ちんは…おばちゃんかな〜」
「おば…っ!?」

敦の発言にそこにいた全員が真っ青になる。
お、おばちゃんって…!

「…おい、紫原」
「ち、違うんです監督!部活のみんなを家族で例えたらって話で!」

女の人に「おばさん」とか…!そんなの怒るに決まってる。
みんなで慌てて監督のフォローに回る。

「家族?」
「うん〜まさ子ちんはねえ、ちんのお姉ちゃん」
「…じゃあ、はお母さんか」
「うん」

それを聞くと、監督は笑った。

「手のかかるやつらで大変だな、『お母さん』」

監督にそう言われて、なんだかくすぐったくなる。

「もう鍵閉まるからなー。帰るぞ」
「はーい」

監督がそう言って、みんなで校門へ向かう。
ああ、なんか。

、すごく嬉しそうな顔してるね」

隣を歩く氷室がそう言って笑いかける。

「うん。だって、嬉しいよ」

好きな人が隣にいて、楽しい仲間がいて、くだらない会話で盛り上がって。

「バスケ部入って、よかったなあ」








陽泉バスケ部は今日も平和です
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13.04.26

デート編の直後の話
どうしても連載で書きたかったネタでした!