去年も思ったけど、WCが終わるともう年末。
なんだかあわただしいなあと思う。

引退式をすると心にぽっかり穴が開いたような、そんな感覚があるけれど、後輩たちにすべて任せてきたんだから寂しいなんて言っていられない。
とりあえず、先に目を向けなくちゃいけない。

「ただいま」
「おかえりー」

家に帰ると、一気に力が抜ける。
はあ、とため息をつきながらリビングのソファに座り込んだ。

「あらら、疲れてる?」
「まあ…」
「まー、そうよね」

そう言ってお母さんは温かい紅茶を持ってきてくれる。

「わ、ありがとう」
「去年もだったけどあんた年末忙しそうだもんねえ。なにもこんな時期に全国大会しなくても…でも休みの時じゃないとできないか」
「ん」

学生の身、こういった大会は夏休みや冬休みぐらいしかできないのだろう。
あわただしいけど仕方ない。サッカー部の子なんて年末年始にまたがっているようだし。

「まあ年始にまたがっちゃうよりマシかな…なんかゆっくり年越しできなそうだし」
「でもその分始まるの早いもんね。あんた彼氏とクリスマスもゆっくりできないじゃない」
「えっ」

お母さんの言葉に、一瞬思考が停止する。
今までお母さんは辰也の存在になんとなく気づいているんだろうなとは思っていたけど、はっきり「彼氏」と言われたのは初めてだ。

「え、えっと…」
「あらあ、いいのよ。お父さんには言わないから。あの子でしょ?前にお見舞い来てくれた子」

お母さんの問いに、私は頷いた。
なんだか無性にドキドキする。

「やっぱり。礼儀正しかったし、いい子じゃない」
「うん…優しいしね、バスケ大好きだしすごく一生懸命で。あと、すごく大切にしてくれるの」

照れながらも必死にお母さんにそう話す。
私がお付き合いしている人は素敵な人なんだと、お母さんにちゃんと伝えたい。

「そっか」

お母さんは笑ってそう言うと、私の頭をよしよしと撫でる。
お母さんに撫でられるのなんて、何年ぶりだろう。

「クリスマスはね、明日あっちの家で一緒にやろうねって約束してるの」
「あら、じゃあケーキ作らないと」
「え」

お母さんの発言に目を丸くしてしまう。
ケーキは明日辰也と一緒に会に行く予定なのだけど。

「明日買う予定なんだけど…」
「予約してるの?」
「ううん。もう時期じゃないから予約しても買えると思ってしてない」
「じゃあキャンセルもしないんだしいいじゃない!家に道具あるし、材料買ってくれば」
「でも…」
「絶対喜んでくれるから!」

お母さんは明るい笑顔でそう言ってくれる。
確かに、辰也ならケーキを作っていったらとても喜んでくれるだろう。

「う、うん…じゃあ、やってみる」
「よし、じゃ必要なものは…」

そう言ってお母さんはメモに必要な材料を買いていく。
ケーキ作り、小さい頃にお母さんとした以来だ。

「昔はクリスマスとか誕生日に一緒に作ったわねえ。今回はあんたメインでやらなきゃだめよ」
「うん」
「さーて、夕飯の買い物ついでに買ってくるわ」
「あ、私行くよ」
「いいのよ疲れてるでしょ?今日はゆっくりしなさい」

そう言ってお母さんは立ち上がろうとする私の肩をつかむ。

「じゃあ、お願いします」
「はーい、行ってきます」
「行ってらっしゃい」

お母さんの姿を見送って、携帯をポケットから取り出す。
ケーキを一緒に買う約束だったけど、必要なくなったと連絡するためだ。

でも、なんと言えばいいのだろう。
「ケーキ作ることにしたから」とそのまま言ってもいいけど、せっかくなら驚かせたい気持ちもある。

少しの間考えて、辰也に電話をした。

『もしもし、?』
「あ、辰也。今平気?」
『うん、大丈夫』
「明日なんだけどね…ケーキ買う約束してたでしょ?」
『うん。11時に駅前って』
「あの、午前中親と出かけてケーキ屋のほうに行くから…私一人で買ってくるよ。そのまま辰也の家に行くね」

私の考えられる一番通用しそうな嘘をついた。
辰也に嘘をつくのは心苦しいけど、せっかくならサプライズにしたい。

『そうなの?明日の約束は大丈夫?』
「それは平気だから。ちょっと出かけるだけで」
『そっか。オレはそれでもいいけど…重くない?大丈夫?』
「ケーキはそんなに重くないよ…」

辰也は予想外の心配をしてくれる。
箸より思いものを持ったことのない人間じゃないんだから、さすがにケーキぐらい余裕だ。

『もし重かったり荷物多かったら言ってね。すぐに飛んでいくから』
「うん。ありがとう」

どうやら嘘はばれてないようだ。
ちょっと申し訳なく思いつつ、電話を切った。






次の日、朝少し早めに起きてお母さんにサポートしてもらいながらケーキを作った。
ちゃんとスポンジも膨らんだし、我ながらいい出来だ。

「はい、斜めにしたらだめよ」
「大丈夫だってば」

ケーキを昨日材料と一緒に買ってきたケーキ箱に入れる。
いよいよ辰也の家に出発だ。

「お昼はあっちで食べるんでしょ?」
「うん。一緒に作る約束なの」
「あらあら」

お母さんは笑みを浮かべながら私を見る。
少しこそばゆい。

「う、うん…行ってきます」
「行ってらっしゃい。楽しんできてね」





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15.08.28





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