辰也の家について、インターホンを鳴らす。
スピーカーから辰也の声が聞こえてきた。

、いらっしゃい。今ドア開けるから』
「うん」

数秒待てばドアの鍵の開く音がする。
ドアが開いて、辰也が出迎えてくれる。

「いらっしゃい」
「お邪魔します」

そう言って辰也は私をぎゅっと抱きしめてくれる。
私もケーキを持っていない左腕を彼の背中に回した。

「ケーキありがとう。とりあえずケーキ冷蔵庫に入れないとね」

辰也は私からケーキを受け取る。
外箱だけだと売り物のような見た目だから、まだ気づいていないようだ。

「あ、うん。あのね」

ケーキを冷蔵庫に入れるとき、おそらく箱から出すだろう。
お母さんに手伝ってもらったとはいえ、どう見たって商品の見た目じゃない。
手作りなことはわかってしまうだろう。

「実はケーキね」
「?」
「つ、作ってみたの」

そう言うと、辰也は目をまん丸くして私を見る。
そして、次にケーキに視線を移す。
そのまま、そっと箱からケーキを取り出した。

「……」
「た、辰也?」
「すごい。ありがとう

辰也はそう言うと、ケーキを丁寧に机において、ぎゅーっと私を抱きしめてくる。

の手作りだ。すごくうれしい」
「で、でも味はいいかわかんないよ」
が作ってくれたんだからおいしいに決まってる」

辰也は私に頬を摺り寄せながらそう言ってくる。
こんなに喜んでくれるとは、手作りにしてよかった。

「じゃあ、後でゆっくり食べよう。…食べるのもったいないけど」
「ふふ、ちゃんと食べようね」
「うん。じゃあちゃんと冷やさないと…そっと持って…」

辰也は慎重にケーキを持つと、冷蔵庫に入れる。
それじゃあ、お昼ご飯だ。

「お昼、パスタだよね?」
「うん」

お昼ご飯はミートソースを作る予定だ。
簡単なものだけど、私も辰也も少しずつ料理に慣れて行かなくては。

「春から一人暮らしだから…ちゃんとご飯作れるようにならないとね」

私も辰也も、大学からは一人暮らしの予定だ。
ご飯だけじゃない。洗濯も掃除も、全部自分でやらなくっちゃいけない。

「え?」
「?」
「一人?一緒に住まないの?」
「!」

辰也はさも当然のような口ぶりでそう言う。
確かに前にもそう言っていた。

「女の子の一人暮らしなんて危ないし…一緒に住んだら楽しいよ」

辰也は真っ直ぐな目でそう言ってくる。
冗談やからかいの類じゃない。

「あのね、辰也」

だから、私も真剣に答える。

「私ね、一人暮らししたいの。今まで全部お母さんに頼ってばっかりで…家事とか、ちゃんと自分でできるようになりたい」

まっすぐ辰也を見てそう言うと、辰也は苦い顔をする。
辰也の一緒に住みたいという気持ちもわかる。
だけど、私はちゃんと自分でなんでもできるようになりたい。
優しくて素敵な辰也の隣に立っても恥ずかしくない自分でありたいのだ。

「一緒に住んだら楽しいだろうなって私も思うよ。夜寝る前に最後に見る顔が辰也で、朝起きて最初に見る顔が辰也で…素敵だなって思うよ」
「だろ?」
「でも、今一緒に住んだらきっとずっと一緒に住むことになるでしょ?一人暮らしするの、これがチャンスかなって」

たぶん、高校卒業して辰也と一緒に住んだら、そのまま結婚することになるだろうから、一人暮らしの機会などない。
きっとこれが、最初で最後のチャンスだ。

「それにほら、親にお金出してもらうわけだし、さすがに申し訳ないかなって…」

アルバイトはする予定だけど、生活費と家賃どちらも払えるとは思えない。
そうなれば親に出してもらうしかないし、そもそも学費だって出してもらう。
頭が固いかもしれないけど、親の庇護下にあるうちにそういうことはやはりよくない気がする。
今日、「彼氏と約束している」と言ったのに、お母さんは笑顔で送り出してくれた。
きっと私のことを信用してくれているのだろう。
そんなお母さんの信頼を裏切りたくない。

「だからね、一緒に住むのはもっと後でもいいかなって…」

そう言い終えると、辰也は難しい顔で考え込んでいる。
やっぱりどうしても一緒に住みたいんだろうか。
その気持ちはうれしいし、私も一緒に住みたい気持ちはある。
だけど、それはもう少し先の方がいいと思うのだ。

「辰也、納得行かない…?」
「…いや、大丈夫。寂しいけど、の言うことの方が正論だと思うし」

辰也はそう言って表情を優しいものに変えて、私の頭を撫でる。
私はほっと息を吐いた。

「…、さっきのもう一回言って?」
「さっきの?」
「『今一緒に住んだらずっと』ってとこ」
「?今一緒に住んだらずっと一緒に住むことになる、でしょ?」

辰也に言われるままに先ほどの言葉を反復すると、辰也はぎゅっと抱きしめてくる。

「そうだね、ずっと一緒だ」
「?うん」

辰也の言葉の意図は読めないけど、とりあえず喜んでくれているようなのでよしとしよう。

「じゃあオレの部屋はの部屋の傍にしよう」
「えっ」
「大学も同じ線だし、そのほうがいいよね。うん。そうしよう」

確かに辰也の大学と私の大学は学生街のため同じ線だけれど、自分の住む部屋をそんな理由で決めてしまっていいんだろうか。
私も近いほうが嬉しいけど。

「ちゃんとセキュリティのしっかりしたところでね。なんならオレも一緒に選ぶから」
「だ、大丈夫だよ。部屋はお父さんにも見てもらうし」
「うん…でもやっぱり心配だな」

辰也はそう言って私をぎゅっと抱きしめる。
そんなに心配しなくたって…と思うけど、私も初めての一人暮らし、不安は大きいし近くにいられたらうれしいなと思う。

「大丈夫だって、ちゃんと気を付けるし」
「うん。何かあったらすぐ呼んで。駆けつけるから」
「ありがとう」

辰也は両手で私の手を握ってくれる。
辰也は本当に優しい人だ。
大好きな人。
今はまだ一緒に住めないけど、いつか二人で一緒に住みたいなと思う。





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15.09.04