辰也と付き合い始めてから、密かに始めていることがある。 「…うん、おいしい!」 「本当?」 少し早く部活が終わった日、家で夕飯を作っていた。 そう、始めたことは、料理。 付き合うなら、料理を披露する機会もあるんじゃないかと、あの頃の浮ついた頭で考えたのだ。 付き合い始めて2ヶ月、とりあえずそんな機会は今までなかったけど、おかげで料理の腕は上がったと思う。 …まあ、作ってるのはスパゲティとか、割と簡単なものだけど…。 「明日はお弁当自分で作るんでしょ?」 「うん」 「いやー、楽でいいわあ」 「…うん、ありがと」 「?」 「あ、えーと…お粗末様でした!」 そう言って食器を持って台所へ。 今まで作ってもらってばかりだったけど、料理やお弁当作るの大変なんだなあ…。 いつもありがとう、そうお母さんに言ったけど、あんまり伝わってないみたいだ。 …でも、言い直すのもなんか恥ずかしい…。 * 「お、の弁当うまそう」 次の日、昼休みのミーティング中、福井先輩にそう言われる。 「ほとんど冷凍食品ですよ」 「おいおい、母ちゃん作ってくれたんだろ?そう言ってやるなよ」 「………」 「あれ、もしかして」 「ちん、それ自分で作ったの〜?」 「う、うん。まあ…」 まあ、さっき言った通りほとんど冷凍食品だけど、一応自分で作ったものだ。 「すげー!ちょっと食べていい?」 「ダメ」 敦がそう言いながら私のお弁当に手を伸ばす。 でも、辰也がその手を叩く。 「なんで室ちんが言うの〜」 「やだなあ、わかるだろ?」 「やだ室ちん怖い」 敦はそう言って口を尖らせて机に突っ伏す。 「へえ〜弁当作るんだな」 「まあ、週に一回くらいですけど…」 「いやあ、立派なもんだろ」 そう言われると素直に嬉しくなる。 顔がにやつくのを必死に抑えていると、辰也が横で何かを期待するような瞳で見つめてくる。 「た、辰也?」 「ん?」 「どうしたの?」 「何でもないよ?」 「……」 こ、これは…。 ……多分、期待されている。 「おい、無駄話してんなよ。ミーティングしてるんだっつの」 「最初に話振ったのは福井アル」 「………」 …そういうことで、とりあえずその話は一旦打ち切り。 * 「ねえ、」 昼休みの終わり、辰也と教室に帰っているときのこと。 辰也が私の服の袖を掴んでくる。 「…お弁当?」 「さすが」 辰也はにっこり笑う。 やっぱり。 「の作ったお弁当、食べたいな」 「うん」 …ついにやってきた、「そういう機会」だ。 緊張する。 …喜んでくれると、いいな。 「…あ」 「?」 「じゃあ、今日帰り買い物していい?」 * 「買い物って、お弁当箱か」 「うん」 部活帰り、辰也と一緒にショッピングセンターに。 辰也のお弁当箱を買いに来たのだ。 「このくらい?」 「それじゃ小さいな…。こっちのほうが」 「そんなに?」 前からよく食べるとは思ってたけど、こうやってお弁当箱で見ると…。 自分のお弁当箱とは随分違う。 …これは、いっぱい詰めないと。 「あ、そうだ。材料のこともあるから、お弁当作って来るの、週明けでいいかな?」 「うん、もちろん。の好きなときでいいよ」 会計を済ませて、手を繋いで一緒に帰る。 「楽しみだな」なんて言われて、少し、いや、とても緊張する。 …大丈夫、だよね。家族もおいしいって言ってくれるし…。 * 「…よし」 月曜日、今日は朝練はなし。 でもかなり早めに起きた。 なぜなら、今日は辰也にお弁当を作るからだ。 自分の分なら冷凍食品で埋めちゃうけど、辰也のお弁当なんだ。 ちゃんと作らないと。 「えっと、まずは…」 レシピを見ながら、お弁当を作っていく。 …うまくできるかな。 * 「いただきます」 「ど、どうぞ…」 その日の昼休み。 教室で食べるのは恥ずかしいので、部室に来た。 辰也はお弁当箱を開ける。 「あ、ハートだ」 「う、うん」 ご飯には、桜でんぶでハートマーク。 あとタコさんウィンナーとか、から揚げとか、うさぎのりんごとか、お弁当の定番のメニューにしてみた。 辰也はこういう「定番」なものが好きだから。 「…、どうしよう」 「え?」 「ハートマーク、もったいなくて食べられない」 深刻な顔でそう言うから、私は思わず吹き出してしまった。 「オレ、真剣なんだけど…」 「ご、ごめん。でも、食べてほしいな」 「うん、わかってるんだけど…」 「…また、何回でも作って来るから」 そう言うと、辰也はやっと箸を付ける。 …き、緊張する。 「」 「は、はい」 辰也は一旦箸を置くと、私をぎゅっと抱きしめる。 「え、え!?」 「ありがとう、すごくおいしい」 「え、でもまだ一口…」 しかも食べたのは普通のご飯。 そ、そんなに感動するほどのものじゃ…。 「好きな人に作ってもらったご飯って、おいしいね」 辰也は優しく笑ってそう言う。 …私も。 好きな人に自分の作ったものを食べてもらえるのって、嬉しい。 「…もっと食べてね」 「うん」 その後も、辰也は一口食べるごとに大袈裟と言えるぐらいに「おいしい」と言ってくれる。 胸が熱くなる。 …嬉しい、な。 「…ご馳走様」 「お粗末様でした!」 辰也はお弁当箱を片付けて、手を合わせてそう言う。 全部きれいに食べてくれた。 「また、作ってくれる?」 「うん」 辰也はまた私をぎゅっと抱きしめる。 苦しいくらい。 「」 「…っ」 辰也は私にキスをする。 一回、二回、と。 段々深くなってくるキスに、頭がくらくら…、 「た、辰也」 「ん?」 「私、まだご飯終わってない…」 辰也がお弁当を食べる様子をずっと見ていたものだから、全然自分のご飯が進んでいない。 「ああ、ごめん」 「う、うん」 唇が名残惜しいな、なんて思ってしまう。 …私、いつからこんなにキスするの好きになったんだろう…。 全部、辰也のせいだ。 「?」 「え?」 「にこにこして、どうしたの?」 「え、い、いや、なんでもない!」 慌ててそう言って自分のお弁当を食べる。 辰也は楽しそうにその様子を見ている。 「のご飯、毎日食べたいな」 「ま、毎日は…練習もあるし」 「いや、そうじゃなくて」 また作りたいけど、さすがに毎日は厳しい…。 そう言うと、辰也は苦笑する。 「今じゃなくて、いつか、が作ってくれたご飯を毎日食べたい」 そう言われ、顔が赤くなる。 それは、その意味は。 「…料理、頑張るね」 辰也はもう一度私にキスをする。 いつかそんな日が来たら。 その日を想像すると、胸が弾む。暖かくなる。 遠くない未来が、そんな日々だったら、いいなあ。 遠くない未来 ←彼氏バカ top 紫原がトモコレを始めました 13.08.01 |