辰也と付き合い始めてから、密かに始めていることがある。

「…うん、おいしい!」
「本当?」

少し早く部活が終わった日、家で夕飯を作っていた。
そう、始めたことは、料理。
付き合うなら、料理を披露する機会もあるんじゃないかと、あの頃の浮ついた頭で考えたのだ。
付き合い始めて2ヶ月、とりあえずそんな機会は今までなかったけど、おかげで料理の腕は上がったと思う。
…まあ、作ってるのはスパゲティとか、割と簡単なものだけど…。

「明日はお弁当自分で作るんでしょ?」
「うん」
「いやー、楽でいいわあ」
「…うん、ありがと」
「?」
「あ、えーと…お粗末様でした!」

そう言って食器を持って台所へ。
今まで作ってもらってばかりだったけど、料理やお弁当作るの大変なんだなあ…。
いつもありがとう、そうお母さんに言ったけど、あんまり伝わってないみたいだ。
…でも、言い直すのもなんか恥ずかしい…。





「お、の弁当うまそう」

次の日、昼休みのミーティング中、福井先輩にそう言われる。

「ほとんど冷凍食品ですよ」
「おいおい、母ちゃん作ってくれたんだろ?そう言ってやるなよ」
「………」
「あれ、もしかして」
ちん、それ自分で作ったの〜?」
「う、うん。まあ…」

まあ、さっき言った通りほとんど冷凍食品だけど、一応自分で作ったものだ。

「すげー!ちょっと食べていい?」
「ダメ」

敦がそう言いながら私のお弁当に手を伸ばす。
でも、辰也がその手を叩く。

「なんで室ちんが言うの〜」
「やだなあ、わかるだろ?」
「やだ室ちん怖い」

敦はそう言って口を尖らせて机に突っ伏す。

「へえ〜弁当作るんだな」
「まあ、週に一回くらいですけど…」
「いやあ、立派なもんだろ」

そう言われると素直に嬉しくなる。
顔がにやつくのを必死に抑えていると、辰也が横で何かを期待するような瞳で見つめてくる。

「た、辰也?」
「ん?」
「どうしたの?」
「何でもないよ?」
「……」

こ、これは…。
……多分、期待されている。

「おい、無駄話してんなよ。ミーティングしてるんだっつの」
「最初に話振ったのは福井アル」
「………」

…そういうことで、とりあえずその話は一旦打ち切り。




「ねえ、

昼休みの終わり、辰也と教室に帰っているときのこと。
辰也が私の服の袖を掴んでくる。

「…お弁当?」
「さすが」

辰也はにっこり笑う。
やっぱり。

の作ったお弁当、食べたいな」
「うん」

…ついにやってきた、「そういう機会」だ。
緊張する。
…喜んでくれると、いいな。

「…あ」
「?」
「じゃあ、今日帰り買い物していい?」





「買い物って、お弁当箱か」
「うん」

部活帰り、辰也と一緒にショッピングセンターに。
辰也のお弁当箱を買いに来たのだ。

「このくらい?」
「それじゃ小さいな…。こっちのほうが」
「そんなに?」

前からよく食べるとは思ってたけど、こうやってお弁当箱で見ると…。
自分のお弁当箱とは随分違う。
…これは、いっぱい詰めないと。

「あ、そうだ。材料のこともあるから、お弁当作って来るの、週明けでいいかな?」
「うん、もちろん。の好きなときでいいよ」

会計を済ませて、手を繋いで一緒に帰る。
「楽しみだな」なんて言われて、少し、いや、とても緊張する。
…大丈夫、だよね。家族もおいしいって言ってくれるし…。





「…よし」

月曜日、今日は朝練はなし。
でもかなり早めに起きた。
なぜなら、今日は辰也にお弁当を作るからだ。

自分の分なら冷凍食品で埋めちゃうけど、辰也のお弁当なんだ。
ちゃんと作らないと。

「えっと、まずは…」

レシピを見ながら、お弁当を作っていく。
…うまくできるかな。





「いただきます」
「ど、どうぞ…」

その日の昼休み。
教室で食べるのは恥ずかしいので、部室に来た。

辰也はお弁当箱を開ける。

「あ、ハートだ」
「う、うん」

ご飯には、桜でんぶでハートマーク。
あとタコさんウィンナーとか、から揚げとか、うさぎのりんごとか、お弁当の定番のメニューにしてみた。
辰也はこういう「定番」なものが好きだから。

「…、どうしよう」
「え?」
「ハートマーク、もったいなくて食べられない」

深刻な顔でそう言うから、私は思わず吹き出してしまった。

「オレ、真剣なんだけど…」
「ご、ごめん。でも、食べてほしいな」
「うん、わかってるんだけど…」
「…また、何回でも作って来るから」

そう言うと、辰也はやっと箸を付ける。
…き、緊張する。


「は、はい」

辰也は一旦箸を置くと、私をぎゅっと抱きしめる。

「え、え!?」
「ありがとう、すごくおいしい」
「え、でもまだ一口…」

しかも食べたのは普通のご飯。
そ、そんなに感動するほどのものじゃ…。

「好きな人に作ってもらったご飯って、おいしいね」

辰也は優しく笑ってそう言う。
…私も。
好きな人に自分の作ったものを食べてもらえるのって、嬉しい。

「…もっと食べてね」
「うん」

その後も、辰也は一口食べるごとに大袈裟と言えるぐらいに「おいしい」と言ってくれる。
胸が熱くなる。
…嬉しい、な。

「…ご馳走様」
「お粗末様でした!」

辰也はお弁当箱を片付けて、手を合わせてそう言う。
全部きれいに食べてくれた。

「また、作ってくれる?」
「うん」

辰也はまた私をぎゅっと抱きしめる。
苦しいくらい。


「…っ」

辰也は私にキスをする。
一回、二回、と。
段々深くなってくるキスに、頭がくらくら…、

「た、辰也」
「ん?」
「私、まだご飯終わってない…」

辰也がお弁当を食べる様子をずっと見ていたものだから、全然自分のご飯が進んでいない。

「ああ、ごめん」
「う、うん」

唇が名残惜しいな、なんて思ってしまう。
…私、いつからこんなにキスするの好きになったんだろう…。

全部、辰也のせいだ。

?」
「え?」
「にこにこして、どうしたの?」
「え、い、いや、なんでもない!」

慌ててそう言って自分のお弁当を食べる。
辰也は楽しそうにその様子を見ている。

のご飯、毎日食べたいな」
「ま、毎日は…練習もあるし」
「いや、そうじゃなくて」

また作りたいけど、さすがに毎日は厳しい…。
そう言うと、辰也は苦笑する。

「今じゃなくて、いつか、が作ってくれたご飯を毎日食べたい」

そう言われ、顔が赤くなる。
それは、その意味は。

「…料理、頑張るね」

辰也はもう一度私にキスをする。
いつかそんな日が来たら。
その日を想像すると、胸が弾む。暖かくなる。

遠くない未来が、そんな日々だったら、いいなあ。











遠くない未来
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13.08.01