「あ」

洗い物を終えた後、ポケットに入れていたハンドクリームがないことに気付く。
どこかで落としたんだろうか。

季節は12月。
あれがないと手がかさかさだ。

「…鞄に新しいの、あったよね」

ポケットに入れておいたハンドクリームは残り少なかった。
新しいのが鞄に入っているはず。
部室に戻ろう。

「…あれ」

部室に向かう途中、体育館からボールの弾む音がする。
テスト前だし、今日はみんな自主練しないで上がったと思うんだけど…。

「辰也?」


体育館を除いてみると、辰也が一人で練習していた。
もう真冬なのに、汗だくだ。

「練習?」
「うん、ちょっと気になることがあって」
「あんまり無理しちゃダメだよ。汗いっぱいかいてるし、気を付けないと風邪引いちゃう」
「ん…」

そう言って辰也を少し屈ませて、持っていたタオルで汗を拭う。

「気になることって、何かあったの?」
「少しフォームが崩れてる気がしてさ。ちょっと修正」
「もう大丈夫?」
「うん」
「よかった。辰也のフォーム綺麗だもんね」

私でもわかるぐらい、辰也のフォームはとても綺麗だ。
たくさん練習したんだろうな。そう伝わってくるぐらいに。

「みんな言ってるよ。お手本にしたいくらいだって」
「そうかな」
「…うん」

気のせいかな。
辰也はまた寂しげな表情だ。

…ううん、きっと気のせいじゃない。

?」
「…」
「…辰也、あの」
「…そうだ、少し教えようか」
「え?」
「シュート」

思わぬ言葉に、目を丸くする。
シュート。シュートって…。

「部活中はできないしさ。ワンハンドシュートってやったことないだろ?」

確かに、女子は両手でシュートするから、授業で習ったのもそれだ。
でも、辰也疲れてないのかな…。

「少しだけ、ね?」
「う、うん」

辰也はそう言って私にボールをパスする。
シュート、シュート…。
バスケは授業でやるにはやったけど、そんなにやってないし…。

「こ、こう?」
「うん…もうちょっと右手が」
「あっ!」

辰也の手が私の右手に触れる。
思わず手を引っ込めてしまった。

「あ、ご、ごめん!」

辰也は驚いた表情をしている。
当たり前だ。恋人の手に触れて、はねのけられるなんて。

「あの…」
「?」
「…今、手、荒れてるから…」

辰也は目を丸くする。
好きな人にこんなカサカサの手を触れられるのは、嫌だ。

「ハンドクリーム、ちょうど切らしちゃって…」
「綺麗だよ」

辰也はそう言って私の手を取る。
…恥ずかしい。

「き、綺麗じゃないよ。赤切れしてるし、カサカサしてるし」
「オレが綺麗って言ったら綺麗なんだよ」
「でも」

辰也は私の手を自分の頬へ寄せる。

「…オレたちのために頑張ってくれてるの手が、綺麗じゃないわけないだろう?」

そう言って辰也は、私の手の甲にキスをした。

「いつもありがとう」

優しく微笑まれて、涙が出そうになる。
…少しだけコンプレックスだったこの手が、誇らしく見える。

「…ありがと」
「本気だよ」
「うん」

笑って答えて、落としてしまったボールを取る。
シュートの練習だ。教えてもらおう。





「入った!」
「おめでとう」
「ふふ」

少しの時間だけど教えてもらって、少し遠い距離からのシュートも入るようになった。
この短時間だからまぐれかもしれないけど、嬉しい。

「すごいよね、これ試合中だとディフェンスとかいるでしょ?よく入るなあ」

コートの外から眺めているだけだからわからないけど、実際やってみると大変だ。
しかもハイスピードで動いて、攻撃して、守って…。
みんな、すごいことをしているんだなあ。

「試合じゃ外れることもよくあるよ」
「でも、辰也確率いいよね。すごいなあ」

ぱっと見た印象だけでなく、実際にスコアをつけているとよくわかる。

「教えるのもうまいし」
「そんなことないよ」

あ。
また。

「……」

前にビリヤードを教えてもらったときと同じだ。
また、『そんなことないよ』って。

「…辰也」
「?」

辰也の手をぎゅっと握る。

「あのね、辰也はすごいよ」
「?」
「かっこよくて、優しくて、ちょっとお茶目で…、バスケがうまくて、私の、自慢の恋人だよ」

辰也はこんなに素敵な人なのに、なかなか自分でそれを認めてくれない。
好きな人が、自分自身を認められないなんて、そんなの。

すごく、寂しい。



辰也は私の名前を呼ぶと、私をぎゅっと抱きしめる。

「辰也」
「…も」
「?」
は優しくて、一生懸命で、明るくて、周りを明るくするようにいつも笑ってくれて」

辰也は私の頬を撫でながら、続ける。

「…いつもオレを支えてくれる」

辰也は優しく、触れるだけのキスをする。

「オレの自慢の、恋人だ」

胸の奥が熱くなる。
私の気持ちが、伝わったのかな。

「…いつも」

辰也はもう一度私の手を取る。
その手をぎゅっと握った。

「…いつも、ありがとう」

辰也は目を閉じてそう言う。
私は辰也をぎゅっと抱きしめた。








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13.11.29