「んーどいつもこいつもちっちぇーなあ」

土曜日。
今日は部活は午前中だけ。
辰也と私でアレックスさんを案内することになっている。

「アレックスさんのサイズはそうないですよ」
「んー可愛いんだけどな」

服屋を何件か見て回ってるけど、180cmのアレックスさんのサイズに合う服はそうそうない。
アレックスさんは口を尖らせている。

「うーん、服は諦めるか」

アレックスさんは少ししょんぼりした顔をする。
この辺で大きいサイズを売っているお店はないし、仕方ない。

「これ買ってくわ。ちょっと待っててくれ」

そう言ってアレックスさんが手にしたのはごくごくシンプルな髪飾り。
いや、髪飾りとも言えないか…ヘアゴムにちょっとアクセントがついたやつだ。


「…、本当に来てよかったの?」

アレックスさんが会計を終えるのを待っていると、辰也が小さい声で聞いてきた。

「大丈夫だってば」
「無理しないでね」
「うん」

辰也は昨日のことを心配してくれているんだろう。
でも、大丈夫。
話してすっきりしたし、アレックスさんとももっとお話してみたい。

「待たせたなー。ほかにどっか見るとこあるか?」
「うーん…この辺りってなにもなくて…」

会計を終えたアレックスさんにそう言われるけど、この辺りは見るものも大してない。
観光地まで行くのは時間がかかるし…。

「ふーん。外がこれじゃあバスケもできねーしなあ」
「この辺は無理だよ。室内のバスケコートは借りないといけないし」

アレックスさんはバスケがしたいようだけど、あまりバスケットコートはないし、そもそも外には雪が積もっている。
辰也の言うとおり、室内のバスケコートは事前に貸出許可を取らないといけないし…。

「体動かしたいんでしたら、ボウリング場とかならありますけど」

バスケにはほど遠いけど、運動ということでボウリングならこのビルでできるはず。

「おー、それでいい!なんかこの辺ってのんびりしててよー。体動かしたくなっちまうんだよな」
「わ、私はあんまり付き合えませんけど…」
「えーなんでだよ〜」
「二人に付き合ってたら体力が持ちません…」

アレックスさんが来た初日、三人で雪合戦したのを思い出す。
雪合戦なんて子供の遊びだし…と思って一緒にやったらとんでもないことになった。
二人の体力には付き合えません…。

「何ゲームかだけですよ」
「おー」





「つ、疲れました…」
「えーもうダウンかよ」

ボウリング場。平気な顔してる辰也とアレックスさんの横で私はダウンしている。
特別体力がないわけじゃないけど、二人は本当化け物だと思う…。

「私見てますから、二人でやっててください」

二人はまだまだやりたそうだ。
私は後ろで見ていよう。

「いいよ。もう終わろう」
「えー」

辰也がそう言うと、アレックスさんが口を尖らせた。

「アレックス」
「はいはい、わかってるよ」

アレックスさんは眉を下げて片付けを始める。

「い、いいですよ、大丈夫」


慌ててそう言うと、辰也は私の頭を撫でた。
胸の奥がきゅんとなる。

「辰也…」
「いいんだよ、に無理させられないし」
「でも」
「こういうときはなあ、甘えた方がいいぞ」

アレックスさんも私の頭を撫でてくる。
やっぱり、アレックスさんの手はとても安心する。
大きくて、温かい。

「…はい」

せっかくだし、お言葉に甘えることにした。
二人とも、優しいな。

「あ、ここ出る前に便所行っていいか」
「べ…トイレって言った方がいいと思います…」

便所って…。
まあ、日本語は辰也と大我くんに教えてもらった部分も多いみたいだし、男言葉が多くても仕方ないのかな…。

「どっちでもいいじゃねえか〜、同じモンだし。も行くか?」
「は、はい」

辰也にはちょっと待っててもらって、二人でトイレに行くことにした。



「ん〜…」

お手洗いを済ませて、鏡の前で少し髪型を整える。
ボウリングやったし、ちょっと乱れてる。

「大丈夫だぞ〜可愛い可愛い」

アレックスさんがぽんぽんと頭を叩いてくる。

「……」
「…?」

頭に手を置いたまま、アレックスさんはじっと私を見つめる。
どこか、寂しそうな目で。

「…お前とタツヤは仲がいいなあ」
「え、あ、まあ…」
「昨日なあ、タツヤから電話かかってきてな、怒られたんだよ。もう子供じゃないんだからって」

昨日、というと私と話をした後だろうか。

「もう子ども扱いするなってさ。私からしたらまだまだ子供だよって思ったんだけどな」
「……」
「タツヤも大切な人を作るようになったんだな」

アレックスさんは目を瞑る。
何かを思い出すように。

「…もう、タツヤもタイガも子供じゃないんだ」

ゆっくり目を開けて、そう言う。

「タイガにも怒られるしさ。…寂しいな」
「…ごめんなさい」

思わず謝る。
辰也が言ったのは、きっと昨日私が話したことだ。
私の勝手な思いで、辰也とアレックスさんの距離が開いてしまうのは、とても。

「いいんだよ。わかってたんだ」

アレックスさんは私の頭をわしゃわしゃと撫でる。

「いつかこういう日が来る。そういうもんだ」
「…アレックスさん…」
「大人しかできないこともあるしな。一緒に酒飲んだり」
「…まだ先ですね」
「そうだなあ。日本は20だっけか。こっちは21からだしなあ」

今はそれを楽しみにしてるよ、とアレックスさんは言う。
胸の奥がチクチク痛む。
だけど、言えない。
特別な意味がないとわかっていても、辰也とアレックスさんがキスしたりするのは、どうしても嫌。
胸の奥が痛んでも、罪悪感でいっぱいになっても、辰也は私のものだと、私以外の人に触れて欲しくないと、心が強く主張する。

「…ごめんなさい」

私は嫉妬深くて、とてもわがままだ。

「謝るなよーすぐ謝るのよくないぞ」
「は、はい」
「そろそろ行くか。タツヤ待ってるし」

そう言って二人でお手洗いを出た。
辰也はベンチに座ってる。

「ま、待たせてごめんね」
「なんつーんだっけ。女子会しててよ」
「…トイレで?」

辰也は怪訝な顔でそう聞いてくる。
…トイレで女子会は、まあ、ないもんね…。

「いいよ、そろそろ出よう」
「うん…あっ!」

鞄を持とうとして気付く。
ハンカチ、トイレに忘れた…。

「ご、ごめん。ちょっと待ってて」

さんざん待たせたあげくさらに待たせるとか…。
私のバカ…。





が急いでハンカチを取りに行っている間、アレックスが低い声で話し出した。

「なあタツヤ。のことちゃんと幸せにするんだぞ」
「…突然どうしたんだよ。当たり前だろ」
「もう子供じゃないって言うならあんまり心配かけるなってことだ」

アレックスはオレの頭をコツンと小突く。
懐かしい感触だ。

「…わかってるよ」

アレックスの瞳は揺れている。

「…なあ、アレックス。今までありがとう」
「なんだよ急に」
「バスケを教えてくれたことも、たくさん話を聞いてくれたことも、感謝しているよ」

アレックスには感謝している。
親のような、姉のような、とにかく家族みたいなものだ。
でも、「みたい」であって「家族」じゃない。

オレもアレックスも、わかってる。

「…大切な人ができたんだ」

大切な人がいるよ。
誰にも、何にも代えられない人が。
誰よりも、大切にしたい人が。

「おう」

アレックスはオレを見ず、言葉だけで頷いた。












 
14.05.30