「寒…っ」

朝、身を縮こませながら学校への道を歩く。
今日は朝練の日だ。
通学路にはほとんど人がいない。

…ちょっと、早く来過ぎたかな。
携帯の時計を見ながらそう思う。

まあ、たまに朝練前から練習する人もいるし、部室に行けば誰かいるかも。
そう思って歩みを進める。



「あれ?」

部室をノックしてみるけど、返事がない。
一応、着替えてる人がいたりするからいつもノックはしている。
いつも「いいぞ」とか、「ちょっと待って」とか返事が返って来るのに今日はない。

「鍵、なかったんだけど…」

朝早いから職員室に鍵を取りに行ったんだけど、鍵はすでに誰かが持って行った後。
…誰かいるんだよね。
一応もう一度ノックをしてから、部室のドアを開ける。

「…あれ、氷室?」

部室の中には氷室がいる。
いるけど、椅子に座って、机に頬杖をついて眠っている。

「…めずらしい」

眠っていたからノックをしても返事がなかったのか。
そう思いながら氷室の隣に座る。

朝練前に練習するために早く来たのかな。
それだったら起こした方がいいかな…。

「……」
「……」

…よく眠っているし、そのままにしておこう。
そう思って、私は鞄からノートを出した。
みんな来るまで暇だし、今日の小テストの準備でもしよう。

「…ん…」

机にノートを広げて、少し身を前屈みにすると、氷室の寝息が聞こえてくる。
つられて、氷室の顔を見る。

「…」

…綺麗な顔だなあ。
毎日一緒にいるとあまり意識しないけど、すごく、綺麗な顔だ。

そういえば、こうやって近くでじっくり顔を見る機会ってないなあ。
…その、キスするときは、それどころじゃないし…。

というか、最近キス自体そんなにしてないけど…。
…いや、そんなに長い間じゃないと思うけど、その前は毎日、たくさん、していたから。

「……」

氷室の顔をじっと見つめる。
心臓がドキドキして、ああ、この人が好きだなと実感する。

…うん、すごく、好き。
一緒にいるとドキドキして、でもすごく安心して。
もっとずっと、一緒にいたいと思う。

氷室の寝息が聞こえてくる。
思わず、唇を見てしまう。

「…」

胸の奥が熱くなってくる。
好きな人が、こんなに近くにいる。

あ、今、すごく。
今すごく、キスがしたい。

最近触れていなかった唇を、なぞる。

「……氷室」

小さな声で名前を呼んでみる。
でも、起きる気配はない。

「……」

惹きつけられるように、氷室の唇に手を伸ばす。

「…氷室…」

やっぱり起きない。
氷室の唇に、触れる。
もう一度、名前を。

「…た」
「ちーっす」
「わっ!?」

後ろから聞こえた声に驚いて思わず立ち上がる。
え、え!?

「ど、どうしたんだよ、そんな驚いて」
「あ、福井先輩…」
「…ん…」

後ろを振り返るとそこには福井先輩が。
氷室も私の叫び声で起きたようだ。

「なんだ、氷室寝てたのか?」
「…はい、練習しようかと思って早めに来たんですけど、眠くて…」

氷室はあくびをしながらそう言った。

は?なんか用事あったのか?」
「いや、たまたま早く来ちゃって…」
「へえ」

そんなことを言ってる間に、また何人か部員がやってくる。
…まだ、心臓が、ドキドキ言ってる。

「あ、私体育館で準備してきます」
「おー、よろしくな」

逃げ出すように部室を出た。
私、今、なんか…。

?」
「!」

部室の外で胸を押さえていると、氷室が部室から出てくる。

「何かあった?ちょっと様子が…」
「な、なにもないよ!」
「そう?」
「う、うん」

何もないよ、何も。
そう、何もなかったのに、なんで、あんな。

心臓が、痛い。顔が熱い。
どうしたらいいか、わからない。





 
13.05.31