この間から、辰也の様子が少しおかしい。
随分と恐い表情をすることが多くて、嫌な意味でドキドキする。


「……」

「えっ…あ、ごめん」

授業が終わって、席に着いたまま最近の辰也の様子を考えていたら、中山に話しかけられる。

「どうしたの?ボーっとして」
「あ、ちょっと…考え事」
「そっか…でも次の世界史、準備しないと」
「あ、そうだ!ごめん」

そう言えば、昨日の授業で「明日の授業の前に荷物持って行ってくれ」と言われてたんだった。
すっかり忘れていた。慌てて立ち上がる。

「じゃ、行こうか」
「うん」

中山と社会科準備室へ向かう。
その途中でまた溜め息を吐いてしまう。

?どうしたの?」
「え…」
「いや、なんか溜め息吐いてたから…」
「…なんでもないよ」

中山に心配されるけど、さすがに言い難い。
中山とは仲がいい方だけど、男子にはこういう話は…。

「…そっか」
「うん。心配してくれて、ありがとね」

お礼を言うと、中山は少し表情を曇らせる。
そんな話をしているうちに、準備室に着いた。

「えっと…世界地図と、地球儀だよね」
「うん」

私が地球儀、中山が世界地図を持って準備室を出る。
意外と重くて、地球儀を持ち直すと中山が心配そうに私を見つめる。

、重い?」
「いや、大丈夫」
「交換しようか?」
「大丈夫だって!」

重いことは重いけど、ちゃんと持てる重さだ。
それに、中山の持っている世界地図は黒板一面に貼れるような大きさ。
重さはないだろうけど、そっちこそ持つ自信がない…。

「じゃあ、どっちもオレが持ってくよ。いいよ、置いちゃって。オレがまた往復すればいいし」
「え?!でも」
「いいから」

中山が一歩こちらに近付いてそう言う。
でも、さすがにそれは申し訳ない。
そう思って一歩後ろに下がると、後ろから伸びてきた手が、地球儀を持ち上げた。

「わっ!?」
「…オレが持ってくよ」

慌てて振り向くと、そこには辰也が。

「いいよ、大丈夫」
「いいから」

辰也は微笑んで私の髪を撫でる。
そんな顔で言われれば、断れない。

「ありがとう」
「いいえ」

辰也は笑っていた表情を少し険しいものにして、視線を私から中山に移す。
一方中山は、辰也から視線を逸らして暗い顔をする。

「……」

空気が重い。
どうしたんだろう。ケンカでもしてるんだろうか…。
でも、大して接点もないし…。

「…」

「ケンカしてるの?」とは聞きづらい。
重い雰囲気のまま、3人で教室に戻った。


「ありがとう」
「うん」

教卓に地球儀を置いてもらって、もう一度辰也にお礼を言う。
あ、また、ちゃんと優しい表情だ。

「…!」

ホッとして顔を綻ばせると、辰也は私の髪をまた撫でる。
思わずその手をはねのける。


「こ、こういうとこじゃ、そういうのはあんまり…」

髪を撫でてもらうのは心地いいけど、ここは教室。
正直、外でやられるより恥ずかしい。

「…どうして?」
「だって、みんないるし…」
「…」

辰也はまた険しい顔に戻ってしまう。
でも、さすがにここじゃ…。

「辰也、最近変だよ」

今までは外で何かされて、「こういうところではダメ」と言っても拗ねた顔をするだけだったけど、最近は怒ったような顔をする。
それに、前に「教室では絶対ダメ」って言ったときは、納得してくれたのに。

「何かあったの?」
「…わからない?」
「え?」

わからない?って…。
私が、何かしてしまったんだろうか。

「辰也、あの」

そう言うと、タイミング悪くチャイムが鳴って、先生が入ってくる。
…席に戻らないと。

教科書とノートを準備しながら、思考を巡らせる。
何か、怒らせるようなことをしてしまったかな。
…辰也がああいう表情をするのは、どういうときだっただろう。

…なんだか、嫌だな。
最近、辰也が遠く感じる。








 
13.08.30