ちん、室ちんとケンカしてるの〜?」
「え?」

その日の練習後、後片付けの時に敦にそう言われた。

「ケンカしてるってわけじゃ…」
「ほんと〜?でもなんかちんと室ちん変な感じじゃん。室ちんも最近機嫌悪いしー」
「……」

これはケンカなんだろうか。
別に明確に何かあったわけじゃないし…。

「早く仲直りしてよね〜室ちん怖いから」

仲直りって言っても、何をすればいいんだろう。
でも、このままじゃ嫌だし…。





「お疲れさまでしたー」

片付けも終わり、続々と部員たちは帰っていく。
私は辰也の練習が終わるのを待っている。
他の部員はみんな帰って、部室には私だけだ。


「あ、お疲れ」

扉の開く音がして、辰也が入ってくる。
私の名前を呼ぶ声は、優しい。

「待たせてごめんね」
「ううん」

…うん。
二人でいるときは、基本的に優しい顔で、怒っているようには見えない。
機嫌が悪いのは、いつも二人でいるとき以外。
……。

「辰也、あの」
「ん?」
「その…最近、怒ってる、よね」
「……」

辰也はまた表情を曇らせる。
いきなり表情が変わって、少し怯む。
でも、ちゃんと聞かなきゃ。

「でも、今みたいに普通のときもあるから、あのね」
「…」
「怒ってる時って、いつも、中山がいたでしょ」

辰也の目が少し動く。
図星のようだ。

自分なりに考えてみた。
部活の時も、二人だけのときも、基本的に変わった様子はない。
それに、辰也の様子に違和感を覚えたのは先週の金曜の放課後。中山と隣の席になってから。

「ねえ、前も言ったけど、別になにもないよ。本当、中学一緒ってだけで…」
「…じゃあ、もうあいつとは喋らないで」
「え?」
「近付くのもダメだ」
「そ、それは無理だよ」

隣の席だし、今は週番もやってるし、そんなのは無理だ。
それに、そもそも彼は友達で。

「どうしてそんなこと言うの?」

前に、「部活の人たちにも妬く」なんて話をしてたけど、それでもこんなふうに言われたことはない。
それより関わりの薄い中山に対してそう言う理由がわからない。

「…オレとあいつ、どっちが大事なの?」
「え?」

辰也は私の髪を撫でる。
手つきは優しいけど、なぜか怖い。

「辰也、あの」
「…」
「!」

辰也はだんだん私に近付く。
怖くて、思わず後ろに下がる。
一歩、また一歩繰り返せば、狭い部室、私はもう下がれない。

「…っ」

追いつめられて、無理矢理キスされる。
怖くて体が動かない。

「…た、辰也」

辰也の唇が私の首筋の辺りをなぞる。
これは…。

「ま、待って…っ」

制止の声を出しても意味がない。
辰也の手が、私の太股に触れる。

「やだ…っ」

怖い。怖い。嫌だ。
体を震わせて、頬には涙が伝う。

「…

私が泣いているのを見て、辰也は私から少し離れた。
その隙に私は思いっきり辰也を突き飛ばした。

「辰也のバカ!」

泣きながらそう言って、鞄を取って走って部室を出た。
今まで何度も言ってきた言葉だけど、違う。
今までとは全然違う。

辰也が、怖い。








 
13.08.30