「…はあ」 外は雪が降っていた。 コートとマフラーがあっても、寒い。 そういえば、一人で帰るのは久しぶりだ。 隣にはずっと、辰也がいたから。 「!」 ポケットに入れた携帯が震える。 …辰也だ。 「…もしもし」 『』 「う、うん」 『さっきはごめん』 苦しそうな声で謝られる。 胸の奥の方がきゅんとなった。 「…うん、いいよ、大丈夫」 『でも…』 「それよりね、ちゃんと話がしたいの」 さっきも結局まともに話せなかった。 なんで辰也が怒ってるのか、わからないまま。 「明日、朝練あるでしょ。その前に少し話そう」 『うん…、今どこ?』 「もうすぐ家に着くよ」 『そっか。一人で帰しちゃって、ごめん』 「…いいってば」 『でも』 「あ、それより部室の鍵ちゃんと閉めた?」 『…大丈夫』 「よかった。じゃ、明日ね」 『うん』 優しい辰也の声を聞いて少し安心する。 …さっきは本当に怖かったけど、今は大丈夫。 だって辰也は私が嫌だと言ったらちゃんとやめてくれた。 今はもう、大丈夫。 優しい辰也の声を聞くと、暖かくなる。 それより、少し切なくなった。 あんなに怖い辰也は初めて見たから。 今まで一緒にいて、初めて見る顔だった。 「…」 本当は、当たり前のことなんだけど。 だって、まだ4ヶ月しか一緒にいないんだから。 私の知らない辰也がいたっておかしくない。 そう、きっと、私の知らないところがたくさんあるんだろう。 辰也に出会ってから毎日のように一緒にいて、だから、もう知らないところなんてないように思っていた。 そんなわけ、ないのに。 それが少し、寂しい。 * 「寒…っ」 翌朝、外に出てみると一面銀世界。 今年も雪の季節だなあ。 歩きにくくなった地面を踏みしめて、学校に向かう。 ちゃんと辰也と話さなきゃ。 このままじゃ嫌だ。 「」 もう少しで学校だ、そんなとき、後ろから話しかけられる。 中山だ。 「な、中山…」 「おはよう、朝練?」 中山は私と並んで歩く。 …どうしよう。 「う、うん。中山も?」 「うん」 辰也の機嫌が悪いのは、中山のことが原因なんだろう。 こんなときに一緒にいるのは、よくない…よね。 でも、クラスメイトに登校中に話しかけられて無視するのも変だ。 「…あ、あの、ごめん。私ちょっと急ぐんだ」 そう言って早歩きで先に行ってしまおう。 もう一歩踏み出したその瞬間。 「わっ!」 「危ない!」 雪で滑って転びそうになってしまう。 中山がそれを支えてくれた。 「あ、ありがとう…」 「ダメだよ、気をつけないと」 「うん」 体を整えてお礼を言う。 何やってるんだろう、自分でそう思っていると、道の向こうに辰也がいるのが見えた。 「…!」 なんてタイミングだろう。 よりによって、こんなときに。 「…おはよう」 「おはよう」 辰也はまた険しい顔をしている。その様子を隠そうともしない。 「あの、今、転びそうになっちゃって」 「うん。見てたから」 …なんだか言い訳みたいだ。本当のことなのに。 「…」 中山も怖い顔をする。 気まずいまま、学校に着いた。 「じゃあ、また後で」 「う、うん」 私と辰也は職員室へ行ってからバスケ部の部室へ。 中山は教室に用があるようだ。 鍵を開けて部室に入る。 当たり前だけど、まだ誰も来ていない。 「辰也」 「、昨日はごめん」 辰也は苦しそうな顔でそう謝る。 …もう、いいのに。 「大丈夫だよ」 「でも」 「…」 苦しそうな顔のままの辰也を見て、私は辰也に抱きついた。 「」 「ぎゅってして?」 そう言うと辰也は少し躊躇いがちに抱きしめてくれる。 いつもと同じ優しい感触だ。 …うん。大丈夫だよ。 「ほら、怖くないよ」 「」 「大丈夫だよ」 うん。怖くない。 辰也に抱きしめてもらえるのは、幸せだ。 「…うん。ありがとう」 辰也は私の頭を撫でる。 優しい表情。 「…辰也、中山のことなんだけどね」 そう言うと、辰也はまた表情を険しいものに戻してしまう。 本当に、どうして。 「部活の人の方が仲いいけど、辰也、部員にはそんなこと言わないじゃない。どうして中山だけなの?」 「…それは」 「隣の席だし、週番もあるし、友達だし…話さないとか、無理だよ」 辰也は返事をしない。 何か言いにくい何かがあるんだろうか。 「辰也」 辰也の腕を掴んで名前を呼ぶ。 私から視線を逸らすだけで、何も言わない。 「おお、お前ら早いな」 「!」 部室のドアが開いて、岡村先輩がやってくる。 もう、みんなが来る時間になってしまった。 「…おはようございます」 もう話すことはできない。 また、振り出しだ。 * 「はあ…」 「ため息吐くと幸せ逃げるぞ」 「わ、福井先輩」 昼休み、体育教官室の帰り、ため息をついていたら、福井先輩に頭を叩かれた。 「氷室となんかあったのか?」 「…」 「やっぱりな」 少し顔が赤くなる。 「…みんな、私の様子がおかしいと、辰也の名前出すんですね」 「そりゃあ、お前ら仲いいからなあ」 辰也の誕生日プレゼント買うときも、みんなにそう言われた。 私に何かあると、みんな揃って辰也の名前を出す。 周りからそう言われるぐらい、自分でも自覚があるくらい、私の心の中は辰也のことでいっぱいだ。 だけど、その気持ちは、辰也には伝わっていないんだろうか。 「ケンカでもしてんのか?」 「…そういうわけじゃ…」 「?」 「…私も、よくわからなくて…」 「…そっか」 福井先輩はぽんと私の頭に手を乗せた。 「なんかあったら言えよ、両親がケンカしてると子供は悲しいもんなんだから」 「子供?」 「アツシ」 ああ、あのときの。 「兄としても心配だからなー」 「ふふ」 …うん、大丈夫。 いろいろ心配になっていたけど、きっと大丈夫だ。 私は辰也のことが好きで、辰也もきっと、同じ。 みんなも応援してくれている。 大丈夫。ちゃんと話をすれば、うまくいく。 * 「え?もう帰っちゃうの?」 「うん、ちょっと家の用事で」 放課後、一緒に部活に行こうと辰也に話しかけたら、今日は部活を休むと言われた。 家の用事か…。 「帰り、送ってあげられなくてごめんね。…アツシにでも、送ってもらって」 「そんなに心配しなくても大丈夫だよ」 「ダメ。もう日が沈むの早いんだから」 「…はーい」 ちょっと拗ねたように返事をしたら、辰也は私の頭を撫でた。 …そっか、一緒に帰れないのか。 帰り道に話をしようかと思ったんだけど…。 「じゃあ、また明日」 「うん」 残念だけど、それはまた明日だ。 辰也の後ろ姿を見送った。 * 「ちーん、帰ろう〜」 部活が終わると、敦が開口一番にそう言ってきた。 「室ちんがちんのこと送ってけって。お菓子くれた」 敦は辰也からもらったであろうスナック菓子を食べながらそう言う。 「ん、ありがとう」 「室ちんも心配性だよね〜ちん大変だ」 「大変って…」 「すげーヤキモチ焼きじゃん。下手に二人で話してると相手が部員でもめっちゃ怒るし〜。オレも今日ちんになんか変なことしたらたぶんボコボコにされる」 「ぼ、ボコボコって…」 「室ちんケンカ強いらしいよー」 敦の言葉に目を丸くしていると、敦は話を続けた。 「なんかねーあっちでストバスとかやってるといろいろあるみたい〜前にちらっと聞いた」 「へえ…」 少し気分が落ち込む。 また、私の知らない辰也だ。 当たり前だとわかっているのに、気分が暗くなる。 「」 下を向いていると、聞き馴染みのある声に呼ばれた。 振り返ると、中山がいる。 「今帰り?…氷室は?」 「家の用事があるみたいで、部活の前に帰ったの」 「だからオレが室ちんの代理〜」 私と中山の会話に、人見知りしない敦が入り込む。 「そっか。じゃあ、送っていこうか?」 「え?」 「オレ室ちんに頼まれたからちんのことちゃんと送るよ」 「でも、オレほとんど通り道だし」 中山はまっすぐ私を見る。 確かに中学が同じだったし中山と私の家は近い。 敦は寮暮らしだから私の家まで来ちゃうと大回り。 でも…。 「いいよ、ちょっと敦と話したいことがあるから」 「…そっか」 「うん。ありがとう」 そう言って、中山の誘いを断った。 「珍しー」 「え?」 「ちん、人に頼まれると断れないじゃん。今きっぱり断ったから珍しいな〜って」 「…うん」 「で、オレに話って何〜?」 「え?」 「ないの?」 「え、えーと…」 その通り、実際敦に話さなきゃいけないことは、特にない。 「嘘吐いたんだー泥棒の始まりじゃん」 「…だって」 「?」 「中山と話してると、辰也がすごく怒るから…」 「だろうね〜」 敦の言葉に目を丸くする。 「な、なんでかわかるの?」 「なんとなく〜」 「……」 「ちんって結構鈍いよねえ、室ちんかわいそー」 「…敦、あの」 「言っとくけど教えないからね〜自分で考えなさいー」 「……」 「わ、泣きそう」 そう言われると涙が出そうになる。 だって、私は、 「…だって、辰也、全然話聞いてくれなくて、話そうとすると怒っちゃうし、今日は先に帰っちゃうし」 涙が出そうになるのを必死にこらえる。 泣きたくない。泣くわけにはいかない。 「ちん泣かないでよ〜」 「泣いてないよ…」 「も〜お父さんもお母さんも世話焼けるんだからー。はい、元気出して」 そう言って敦は鞄の中からまいう棒を差し出す。 私は思わず笑ってしまった。 * 「じゃあ、またね〜」 「うん」 敦に送ってもらって、家に着いた。 「ありがとうね」 「オレちゃんと送ったからー泣かせたとか室ちんに言わないでね」 「…泣いてないってば」 そう言って敦と別れる。 …敦には悪いことしちゃったな。 お菓子ももらっちゃったし、今度お菓子をあげよう。 「……」 …辰也はどうして、私の話を聞いてくれないんだろう。 どうして話をしてくれないんだろう。 私が鈍いのがいけないんだろうか。 辰也は私に呆れてしまっているんだろうか。 嫌な想像ばかりしてしまう。 携帯に入っている辰也の写真を見た。 文化祭のときに撮ったものだ。 「…辰也…」 あのときは見るだけでドキドキしたのに、今は寂しい。 辰也が遠い。 ← → 13.09.13 |