「辰也!」 「」 部室へ向かっていると、途中の廊下で辰也に会った。 「もう終わったの?」 「終わったって言うか、あのね」 「?」 「えっと…」 言いたいことがたくさんあるのに、うまく整理できない。 「ねー、今日どこ行く?」 「えっとねー」 「!」 後ろから一年生の楽しげな声が聞こえて思わず身を固める。 「あ、えっと…と、とりあえず、帰ろう!」 「?」 「話したいことがあるの、二人きりで」 そう言うと辰也は神妙な顔で「わかった」とうなずいた。 * 「…話って?」 辰也の部屋で向かい合って座る。 帰り道で、少し整理した。でもどこか混乱した頭で話し出す。 「…中山に告白されたの」 辰也はあまり驚かず、納得したような顔をする。 「…中山の気持ち、知ってたの?」 知っていたとしたら、辰也の今までの態度も納得だ。 自分の恋人が、自分の恋人を好きな人と仲良くしていたら嫌だろう。 「…ごめんね」 まったく気付かなかった。 この間の敦の言葉、多分敦もたったあれだけしか話さなくても気付いたんだろう。 自分でも嫌になる。 何も、気付けなかった。 「が謝ることじゃないよ」 辰也は寂しそうに笑う。 「悔しかったんだよ」 「?」 「あいつは、オレの知らないを知ってるだろう?」 そう言われ、目を丸くする。 辰也の知らない、私。 「…オレは、7月に会ったときからのしか知らない。たった4か月だ」 「……」 「あいつには、5年の思い出があるよ」 辰也はすごく悲しそうな顔をする。 「…情けないだろ。どうしようもない嫉妬だ」 「辰也」 「…でも、どうしても、耐えきれなかった」 「…」 「情けなくて、言えなかった。…嫌な思いを、させたよね」 辰也は優しく私の頭を撫でた。 私の頬に涙が伝った。 「…辰也…」 「ごめんね」 「…バカ」 泣きながら、辰也を抱きしめる。 「嫌だったよ、だって、何も言ってくれなかった」 「…ごめん」 「話そうとしても全然話してくれなかったし、だから、すごく不安で」 「」 「…情けなくてもいいの」 辰也の頬を両手で包むように触れる。 辰也の頬は、冷たい。 「情けなくていいんだよ。だってそうでしょ。かっこいいところばっかりじゃないの、わかってるよ」 「」 「私は、辰也のこと、全部知りたいよ。何を思ってるか、全部」 言い終えると、辰也は私を優しく抱きしめる。 「…どうしようもないことばっかりだよ」 「それでもいいの」 「…のね、全部が欲しいんだよ」 「うん」 「の今も、未来も、過去も欲しい」 「…うん」 「……が好きだよ」 「私も、辰也が好きだよ」 「…違うよ」 辰也は低い声でそう言う。 「…とは違う。みたいに綺麗な気持ちじゃないんだ」 「辰也」 「もっとドロドロしてる。嫉妬で塗れて、汚い感情だ」 「…」 「…とこのまま、二人だけで過ごしたい。誰にも邪魔されない場所で、二人きりでいたい」 「…辰也」 「汚いよ、すごくね」 辰也の顔は悲しそうだ。 だから私は、辰也にキスをした。 「…やっぱり、一緒だよ」 「」 「私も一緒」 私は辰也の顔を包むように抱きしめた。 「私だって、辰也が思ってくれてるような綺麗な想いじゃないよ」 「」 「いっぱい嫉妬するよ、女の子たちにもそうだし、それに」 涙が出る。止まらない。 悲しいわけじゃない。ただ、感情が高ぶってしまって。 「…辰也が昔の話するの、寂しくなることがあるの」 「…昔?」 「…アメリカにいたときの話」 辰也はよく昔の話をする。 アレックスさんのこと、大我くんのこと。 特に大我くんにはいろんな思いがあるんだろう。思い出も、きっと。 私の知らない世界。 それが、悔しい。 「私だって妬くよ。いっぱい妬くの。ずっと一緒にいたい。二人だけで、ずっと一緒にいられたら、ってそう思うよ」 私だって辰也と一緒だ。 苦しいくらい辰也が好きで、ヤキモチも妬いて、ずっと二人きりでいられたらと思う。 「」 「好きなの、好き。辰也が好き」 涙を零しながら、必死にそう伝える。 大好き。好き。この人が、好き。 かっこよくて、バスケもうまくて、優しくて、でもちょっと意地悪で。 傍から見たら何でも持っていそうで、だけどどこか自信がなくて。 脆くて、繊細な彼が、好き。 「」 「…っ、好き、好きだよ」 「、もう大丈夫だ。わかったよ」 「わからないよ…っ」 頭を振ってそう答える。 もう自分で何を言ってるかもわからない。だけど、伝えなくちゃ。 「だって、何度言っても足りないの。何回好きって言っても、足りないくらい、好き…」 「わかるよ」 辰也は私の涙を拭いながら、そう言い放つ。 「オレも一緒だから。何度好きだって言っても、キスしても、抱きしめても、足りないくらい好きだよ」 辰也は私にキスをする。 でも、足りない。 「辰也…」 「ごめんね。たくさんつらい思いをさせた」 「…ううん。私も、何も気付けなくて、ごめんね」 「…嫌われると思ったんだ」 「?」 「こんな情けなくて、女々しいこと思ってるって、知られたら」 辰也は苦笑しながらそう言う。 私は辰也の頬を引っ張った。 「…嫌いになんてならないよ。辰也がヤキモチ妬きで、女々しくて、情けないの知ってるもん」 そう言うと辰也は目を丸くした。 「…知らないと思った?」 「少し」 「かっこいいところしか見てないで、好きなんて言わないよ」 辰也の手を取って、自分の頬にあてる。 暖かい。 「…でもね、素敵なところもいっぱいあるよ」 「…」 「辰也はいつも「そんなことない」って言うけど、たくさんあるよ。優しくて、脆いけど強くて、一生懸命で…。いいところも、ダメなところも、全部好きだよ」 辰也はもう片方の手も私の頬に当てる。 「、ごめん。嫌いになるかもなんて、疑ったりして、ごめん」 「辰也」 「…そうだね。は、そんな軽い気持ちで、オレを好きだって、言ってるわけじゃない」 「…そうだよ、もう」 「うん…」 辰也はぎゅっと私を抱きしめる。 「…いつも不安だったんだよ」 「うん」 「わかってるんだ、は嘘吐くような子じゃない。オレのこと好きだって言ってくれるのは本心だって」 「…うん」 「でも、どこかで、いつかがオレから離れるんじゃないかって、不安になるんだ」 私は辰也を抱きしめ返す。 この人は、本当に。 「離れないよ」 「うん。そうだね」 「絶対だよ」 辰也はいつも自信がない。 いつもそうだ。いつも、どこか、自信がなくて。 私のことも、きっとそう。 どこかで私が辰也から離れて、他の人のところへ行ったりするんじゃないかって、そう思ってるんだろう。 そんなわけないのに。 私はどこにも行かないのに。 「私はどこにも行かないよ。ずっとずっと、辰也の側にいる」 「」 「信じられないならね、一生かけて、証明するよ」 信じられないなら、それでもいい。 一生一緒にいて、証明してみるよ。 「大好きだよ」 辰也は私を抱きしめる力を強くする。 痛いくらいだけど、そのくらいが、心地いい。 「辰也。これでもう、仲直りだよね」 「うん」 「ケンカしてたわけじゃないけど…仲直り」 「うん」 「…ねえ、私たち、これからもきっと、たくさんケンカするよね」 「…そうだね」 「そしたらまた、仲直りしようね」 ケンカなんてしないって言えたら一番なんだろうけど。 辰也とずっと一緒にいれば、悲しいこともつらいことも、たくさんある。 ケンカだって、たくさんするだろう。 ずっと一緒にいるって、きっと、そういうことだ。 「そうだね。仲直りしたら、キスをしよう」 「うん」 「そうしたらまたケンカして、仲直りして、そんなふうに、ずっと一緒にいよう」 「うん」 もう一度キスをする。 唇を離して、もう一度。 何度も、何度も。合わせた唇から、想いが伝わってくるよう。 でも、足りない。 何度キスしても、足りない。想いが溢れて、止まらない。 息が苦しい。でもやめたくない。 このまま、ずっと。 ← → 13.09.27 |