「辰也!」


部室へ向かっていると、途中の廊下で辰也に会った。

「もう終わったの?」
「終わったって言うか、あのね」
「?」
「えっと…」

言いたいことがたくさんあるのに、うまく整理できない。

「ねー、今日どこ行く?」
「えっとねー」
「!」

後ろから一年生の楽しげな声が聞こえて思わず身を固める。

「あ、えっと…と、とりあえず、帰ろう!」
?」
「話したいことがあるの、二人きりで」

そう言うと辰也は神妙な顔で「わかった」とうなずいた。






「…話って?」

辰也の部屋で向かい合って座る。
帰り道で、少し整理した。でもどこか混乱した頭で話し出す。

「…中山に告白されたの」

辰也はあまり驚かず、納得したような顔をする。

「…中山の気持ち、知ってたの?」

知っていたとしたら、辰也の今までの態度も納得だ。
自分の恋人が、自分の恋人を好きな人と仲良くしていたら嫌だろう。

「…ごめんね」

まったく気付かなかった。
この間の敦の言葉、多分敦もたったあれだけしか話さなくても気付いたんだろう。
自分でも嫌になる。
何も、気付けなかった。

が謝ることじゃないよ」

辰也は寂しそうに笑う。

「悔しかったんだよ」
「?」
「あいつは、オレの知らないを知ってるだろう?」

そう言われ、目を丸くする。
辰也の知らない、私。

「…オレは、7月に会ったときからのしか知らない。たった4か月だ」
「……」
「あいつには、5年の思い出があるよ」

辰也はすごく悲しそうな顔をする。

「…情けないだろ。どうしようもない嫉妬だ」
「辰也」
「…でも、どうしても、耐えきれなかった」
「…」
「情けなくて、言えなかった。…嫌な思いを、させたよね」

辰也は優しく私の頭を撫でた。
私の頬に涙が伝った。

「…辰也…」
「ごめんね」
「…バカ」

泣きながら、辰也を抱きしめる。

「嫌だったよ、だって、何も言ってくれなかった」
「…ごめん」
「話そうとしても全然話してくれなかったし、だから、すごく不安で」

「…情けなくてもいいの」

辰也の頬を両手で包むように触れる。
辰也の頬は、冷たい。

「情けなくていいんだよ。だってそうでしょ。かっこいいところばっかりじゃないの、わかってるよ」

「私は、辰也のこと、全部知りたいよ。何を思ってるか、全部」

言い終えると、辰也は私を優しく抱きしめる。

「…どうしようもないことばっかりだよ」
「それでもいいの」
「…のね、全部が欲しいんだよ」
「うん」
の今も、未来も、過去も欲しい」
「…うん」
「……が好きだよ」
「私も、辰也が好きだよ」
「…違うよ」

辰也は低い声でそう言う。

「…とは違う。みたいに綺麗な気持ちじゃないんだ」
「辰也」
「もっとドロドロしてる。嫉妬で塗れて、汚い感情だ」
「…」
「…とこのまま、二人だけで過ごしたい。誰にも邪魔されない場所で、二人きりでいたい」
「…辰也」
「汚いよ、すごくね」

辰也の顔は悲しそうだ。
だから私は、辰也にキスをした。

「…やっぱり、一緒だよ」

「私も一緒」

私は辰也の顔を包むように抱きしめた。

「私だって、辰也が思ってくれてるような綺麗な想いじゃないよ」

「いっぱい嫉妬するよ、女の子たちにもそうだし、それに」

涙が出る。止まらない。
悲しいわけじゃない。ただ、感情が高ぶってしまって。

「…辰也が昔の話するの、寂しくなることがあるの」
「…昔?」
「…アメリカにいたときの話」

辰也はよく昔の話をする。
アレックスさんのこと、大我くんのこと。
特に大我くんにはいろんな思いがあるんだろう。思い出も、きっと。

私の知らない世界。
それが、悔しい。

「私だって妬くよ。いっぱい妬くの。ずっと一緒にいたい。二人だけで、ずっと一緒にいられたら、ってそう思うよ」

私だって辰也と一緒だ。
苦しいくらい辰也が好きで、ヤキモチも妬いて、ずっと二人きりでいられたらと思う。


「好きなの、好き。辰也が好き」

涙を零しながら、必死にそう伝える。
大好き。好き。この人が、好き。

かっこよくて、バスケもうまくて、優しくて、でもちょっと意地悪で。
傍から見たら何でも持っていそうで、だけどどこか自信がなくて。
脆くて、繊細な彼が、好き。


「…っ、好き、好きだよ」
、もう大丈夫だ。わかったよ」
「わからないよ…っ」

頭を振ってそう答える。
もう自分で何を言ってるかもわからない。だけど、伝えなくちゃ。

「だって、何度言っても足りないの。何回好きって言っても、足りないくらい、好き…」
「わかるよ」

辰也は私の涙を拭いながら、そう言い放つ。

「オレも一緒だから。何度好きだって言っても、キスしても、抱きしめても、足りないくらい好きだよ」

辰也は私にキスをする。

でも、足りない。

「辰也…」
「ごめんね。たくさんつらい思いをさせた」
「…ううん。私も、何も気付けなくて、ごめんね」
「…嫌われると思ったんだ」
「?」
「こんな情けなくて、女々しいこと思ってるって、知られたら」

辰也は苦笑しながらそう言う。
私は辰也の頬を引っ張った。

「…嫌いになんてならないよ。辰也がヤキモチ妬きで、女々しくて、情けないの知ってるもん」

そう言うと辰也は目を丸くした。

「…知らないと思った?」
「少し」
「かっこいいところしか見てないで、好きなんて言わないよ」

辰也の手を取って、自分の頬にあてる。
暖かい。

「…でもね、素敵なところもいっぱいあるよ」
「…」
「辰也はいつも「そんなことない」って言うけど、たくさんあるよ。優しくて、脆いけど強くて、一生懸命で…。いいところも、ダメなところも、全部好きだよ」

辰也はもう片方の手も私の頬に当てる。

、ごめん。嫌いになるかもなんて、疑ったりして、ごめん」
「辰也」
「…そうだね。は、そんな軽い気持ちで、オレを好きだって、言ってるわけじゃない」
「…そうだよ、もう」
「うん…」

辰也はぎゅっと私を抱きしめる。

「…いつも不安だったんだよ」
「うん」
「わかってるんだ、は嘘吐くような子じゃない。オレのこと好きだって言ってくれるのは本心だって」
「…うん」
「でも、どこかで、いつかがオレから離れるんじゃないかって、不安になるんだ」

私は辰也を抱きしめ返す。
この人は、本当に。

「離れないよ」
「うん。そうだね」
「絶対だよ」

辰也はいつも自信がない。
いつもそうだ。いつも、どこか、自信がなくて。
私のことも、きっとそう。

どこかで私が辰也から離れて、他の人のところへ行ったりするんじゃないかって、そう思ってるんだろう。
そんなわけないのに。
私はどこにも行かないのに。

「私はどこにも行かないよ。ずっとずっと、辰也の側にいる」

「信じられないならね、一生かけて、証明するよ」

信じられないなら、それでもいい。
一生一緒にいて、証明してみるよ。

「大好きだよ」

辰也は私を抱きしめる力を強くする。
痛いくらいだけど、そのくらいが、心地いい。

「辰也。これでもう、仲直りだよね」
「うん」
「ケンカしてたわけじゃないけど…仲直り」
「うん」
「…ねえ、私たち、これからもきっと、たくさんケンカするよね」
「…そうだね」
「そしたらまた、仲直りしようね」

ケンカなんてしないって言えたら一番なんだろうけど。
辰也とずっと一緒にいれば、悲しいこともつらいことも、たくさんある。
ケンカだって、たくさんするだろう。
ずっと一緒にいるって、きっと、そういうことだ。

「そうだね。仲直りしたら、キスをしよう」
「うん」
「そうしたらまたケンカして、仲直りして、そんなふうに、ずっと一緒にいよう」
「うん」

もう一度キスをする。
唇を離して、もう一度。
何度も、何度も。合わせた唇から、想いが伝わってくるよう。

でも、足りない。
何度キスしても、足りない。想いが溢れて、止まらない。

息が苦しい。でもやめたくない。
このまま、ずっと。





 
13.09.27