三月下旬。とうとう私も進学のため東京へと引っ越した。
住むマンションはそこまで綺麗ではないけれど、セキュリティだけはきっちりしてる。
お父さんもだけど、辰也が何度も何度も「それだけは妥協しちゃいけない」と言ってきたから。
まあ、私もそのあたりは同感だ。ただでさえ初めてのひとり暮らしで緊張しているし、本当かどうかわらかないけど東京は怖いところだって言う人もいるから。


「お疲れさま」

引っ越し作業が一段落した今日、辰也が私の部屋に遊びに来ている。
二人で淹れた紅茶を飲んで、まったりモード。
座椅子に体重を預けると、ずんと疲れが襲ってくる。

「疲れちゃった?」
「うん……」

東京までの長距離移動、引っ越し、入学準備とストレスのかかることだらけだ。
しかもこれからは家のことを全部一人でやらなくちゃいけない。
ご飯を作って掃除洗濯、学校の勉強もあるし、アルバイトだって探さないと。
うまくやっていけるか、不安で仕方ない。

「よしよし」

辰也の肩に寄りかかると、辰也は頭をなでてくれる。
辰也がいてくれてよかった。
友達も何人か上京しているけれど、さすがにこんなふうに甘えられる相手は辰也だけだ。

「一人暮らしって大変だね」
「ね。、昨日はお母さん泊まってってくれたんだろ?」
「うん。朝帰っちゃったけどね」

だから今日から本当に一人暮らしスタートだ。
この部屋にたったひとりきり。
ちょっと怖いなと思うけど、これからは一人なんだからしっかりしなくっちゃ。

「辰也の部屋は片づいた?」
「まだ全然。早くやらないと」

辰也はため息をついてそう言う。
これ、表情から言っておそらく本当にやっていない。
辰也は本当にこういうところいい加減というか大雑把というか…。

「もう…手伝えることあったら言ってね。力仕事はあんまり役に立てないけど…」
「大丈夫、なんとかなるよ。引っ越しは何度かしてるし…。それより、今日から一人なのか…心配だな。泊まっていこうか」

あ、予想通りの言葉が飛び出した。
辰也のことだから、きっとそう言うだろうと思っていた。

「大丈夫だから!辰也はちゃんと片づけして!」

このままじゃ辰也はずっとうちにいそうだ。
こうして来てもらっておいてなんだけど、辰也は辰也で引っ越しの片づけが本当に終わってなさそうだし、ずっといてもらうわけにはいかない。

「でも……」
「辰也、その調子じゃいつまでたっても片づかないでしょ」
「……そんなことないよ?」
「もう……これからいつでも泊まりにこれるし、私だってちゃんと一人で生活しなくちゃいけないんだから」

今日辰也に泊まって行かれたら、明日から余計に一人が寂しくなってしまいそう。
これから四年間ここで一人で暮らすことになる。最初が肝心だ。

「それはそうだけど……」
「辰也、本当に心配性なんだから……」

お父さんだって心配はしてくれたけどここまでじゃない。
辰也はやっぱり心配性過ぎると思う。

「うーん……そう、だね……今日は帰るよ、何かあったら連絡してね」
「うん」

辰也はようやく納得してくれたようだ。
……まあ、表情はまだ納得しきってないようだけど。

「じゃあ、。またね」
「うん」
「バイバイ」

辰也は私のおでこにキスをして、部屋を後にする。
さて、私は引き続き細かいところを整理していかないと。

「!!」

クローゼットの前に立つと、突然窓がガタガタと音を立てた。

「な、なんだ風か……」

慌てて振り向いたけれど風が窓をたたく音だ。
今日は春の嵐か風が強い。

辰也に大丈夫と言ったくせにこんなに早く怖がるなんて。
はあとため息をつくと、今度は机の上から何か音がする。

「わっ!?」

また盛大に驚いてしまったけれど、これはあれだ、携帯の着信のバイブだ。

「怖がりすぎ……」

自分でつっこみながら、携帯を手に取った。
メールの送り主は辰也だ。

「何かあったらすぐ呼んでね。駆けつけるから」

辰也からのメールにほっと胸をなで下ろした。
「ありがとう」と返事を打ちながら、辰也がいてよかったなあとしみじみ思う。
辰也からまたすぐに返事がきた。
「がらっと変わる新生活だからきっと気持ちも不安定だろうし、遠慮しないでね」と優しい言葉が連ねられている。

風が窓をたたく音ぐらいじゃきっとただの一人暮らしなら怖がらなかったはずだ。
辰也の言うとおり、気持ちが不安定なのだろう。
でも大丈夫、私には辰也がいてくれている。

枕元に置いたアシカとうさぎのぬいぐるみを抱きしめる。
高校時代辰也にもらったものだ。

不安は潰えないけれど、きっと大丈夫。





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17.05.05

ラフメイカー大学生編始動です〜!
まったり書いていきたいので、お付き合いいただけるとうれしいです!