30分後、スーパーの袋を片手に持った辰也が部屋にやってきた。 「病院は行った?」 「うん。風邪だって。薬もらってきたから」 「ご飯食べられる?薬飲むなら軽く食べないと」 「うーん……おかゆとかなら……」 「わかった。作るから少し待っててね」 辰也は私の頭をよしよしと撫でて、キッチンへと向かう。 狭い1Kの私の部屋ではベッドの上でもキッチンでの作業音が聞こえてくる。 一人じゃないって思える、ほっとする音だ。 「、お待たせ」 「ありがとう」 起き上がって辰也の作ってくれた卵粥を一口食べる。 あ、おいしい。優しい味が口の中に広がっていく。 「大丈夫?食べられる?」 「うん。おいしいよ」 「あんまり無理しないで。食べられるだけでいいからね」 辰也はそっと私の背中に手を当てる。 辰也は優しいな。来てくれて本当によかった。 ご飯を食べ終わった後、病院で処方された薬を飲み、再びベッドに横になる。 布団の中で、ぼーっと天井を眺めた。 キッチンからは辰也が食器を洗う音がする。 ああ、いいなあ。穏やかな時間だ。 前に風邪を引いたとき、お母さんがこうしていろいろお世話してくれたっけ。 辰也はお母さんじゃないけど、やっぱり体調が悪いときに親しい人がいてくれるって安心する。 「終わったよ」 「辰也、ありがとう」 「どういたしまして。ほかになにかすることはある?遠慮しないで」 「大丈夫だよ」 「本当?」 「うん」 うなずきながら、辰也の手を握った。大きな手。 大げさな表現ではなく、本当に辰也が隣にいてくれるだけで安心できる。 不安だった気持ちが凪いでいく。 「辰也、これ以上いたら風邪移っちゃうしもう大丈夫だよ。薬も飲んだし」 一度握った手を離して、辰也の笑いかけてみせた。 辰也が食器を洗っている間に薬が効いてきたのか、少し楽になってきた。これならひとりでも大丈夫そうだ。 「え?帰らないよ」 「えっ」 「もともと泊まるつもりだよ。荷物も持ってきたし」 「え、でも……そんなの悪いよ!」 思わず上半身を起こして辰也に反論したけれど、突然動いたせいかふらついてしまう。 「急に起きちゃダメだよ、病人なんだから」 「う、うん……」 「ゆっくりしてて。オレのことは気にしないでいいから」 「でも……」 「大丈夫だよ、オレ丈夫だし、そうそう移らないから」 辰也は私を寝かせながら、宥めるような声で言う。 「今家に帰ってもが心配で何も手につかないよ。むしろ心配しすぎて体調崩すかもしれない」 「う……そう?」 「うん。ここにいさせてほしいな」 辰也は少し眉を下げて、私の手を握る。 う、だめだ。私は辰也にそういう顔をされると弱いのだ。 「じゃあ、あの……お願いします」 「うん」 辰也はにっこり笑顔を見せると、私の頬を撫でる。 ちょっとくすぐったいけど心地いい。 柔らかい感触に目を細めていると、笑顔のまま辰也が近づいてくる。 あ、キスされる。 「た、辰也!」 慌てて辰也の唇を手のひらでおさえると、辰也はきょとんとした顔で私を見つめる。 「だ、ダメだよキスしちゃ。本当に風邪移っちゃう」 「それぐらいじゃ移らないと思うけど」 「そんなのわからないよ。もし移ったら……」 もし辰也に風邪が移ったら。 今日泊まってもらうのだって申し訳ないのに、いたたまれなくなってしまう。 キスしたくないわけじゃないけれど、それだけはダメだ。 「……そっか。それなら仕方ないか」 「うん、ごめんね」 「ううん、謝ることじゃない。こういうときはの気持ちが一番だから」 「ありがとう」 「治ったらキスしよう」 「…もう、辰也ってば」 「しないの?」 「……するけど」 「うん。楽しみだ」 辰也は嬉しそうに笑うと私の頭を撫でた。 ……キスしたいのは、私も一緒。でも、今はさすがにできない。 「長話しちゃったね。少し眠って。おやすみ」 「うん、おやすみ」 目をつぶると、穏やかな眠りに落ちていく。 体調は悪いままだけれど、気持ちは穏やか。 ← top → 17.10.30 |