「…はあ」 最悪だ。 昨日、家に帰って借りたCDを聞いたけど、全く頭に入ってこなかった。 何度聞いても、ダメ。 朝練の時に「CD聞いた?」って聞かれて、嘘を吐いた。 「昨日、急に親戚が来ちゃって、暇がなかったんだ」って、ありきたりな嘘。 この間から、変だ。 氷室のことばかり考えてしまって、苦しくなる。 「…はあ」 少し頭を冷やそうと思って、あまり使われていない、校舎の隅の水道へ向かった。 あそこなら誰もいないだろう。落ち着かないと。 …氷室は、この間のことどう思っているんだろう。 アメリカにいたわけだし、あまり気にしていないのかな。 …気にしているのは、私だけなんだろうか。 「あ…」 目的地に行くと、そこには氷室がいた。 氷室の前には、女の子。 人気のない場所で、男女が真剣な顔で向かいあっている。 間違いない。告白の類だろう。 二人に気付かれないうちに、さっと影に隠れる。 「……」 心がざわつく。 足音を立てないようにその場を離れた。 * 練習が終わり、部誌をゆっくり書く。 みんな帰って行った。氷室以外は。 「」 「!」 「まだ帰ってなかったんだ」 「…うん」 氷室は自分のロッカーを開ける。 「氷室」 「」 思いっ切り被ってしまった。 氷室の方を向くと、氷室は真剣な顔だ。 「ひ、氷室どうぞ」 「…いや、からでいいよ」 「…ううん、いいの。氷室話して」 「…そっか」 氷室は私の隣に座った。 氷室に肩を抱かれたあのときのことを思い出して、少し体を強張らせた。 「…もうさ、こうやって話すのやめたほうがいいと思うんだ」 「え…」 「うまくいきそうじゃないか。最近、仲良くなってきたし。他の男と一緒にいるところ、見られるのはまずいだろ」 「で、でも」 「もうオレが何かアドバイスすることもないしさ。頑張って」 氷室はぽん、と私の肩に手を置いた。 その手を思わず握った。 「!」 「あ、ごめん…」 何やってるんだ。そう思ってすぐに手をどけた。 「…氷室」 なんで、私、 「…の話は?」 「あ、その…」 私の話。氷室に聞きたかったこと。 「…あの、ね。嫌だったら答えなくてもいいんだけど」 「うん」 「…氷室は、好きな子、いるの?」 氷室は目を丸くする。 当然だ。いきなり、こんなこと。 「あ、あのね。ほら、いつも私の話聞いてもらってばっかりだったでしょ。だから、氷室はどうなのかなって」 「いるよ」 慌てて言葉を紡ぐ私を余所に、氷室は冷静な声で答える。 「…いるよ」 「…そっか」 …そっか。いるのか。 「…そうだね、氷室も、その子に誤解されたら困るもんね」 氷室の顔を見ないで、部誌を閉じて棚に戻した。 帰ろう。 「…じゃあね。また、明日」 「ああ」 鞄を持って部室を出た。 これで、終わりだ。 「……」 帰り道をとぼとぼと歩く。 …なんで、私は泣いているんだろう。 何が、悲しいんだろう。 「…氷室」 名前を呼ぶ。 氷室。 「…氷室…」 胸が苦しい。 私は、いつの間にか、氷室のことが。 彼のことより、氷室のことで頭がいっぱいで。 なんで、こんなに。 優しい笑顔に傷つく ← top → 14.06.10 |