「…はあ」

最悪だ。
昨日、家に帰って借りたCDを聞いたけど、全く頭に入ってこなかった。
何度聞いても、ダメ。

朝練の時に「CD聞いた?」って聞かれて、嘘を吐いた。
「昨日、急に親戚が来ちゃって、暇がなかったんだ」って、ありきたりな嘘。

この間から、変だ。
氷室のことばかり考えてしまって、苦しくなる。

「…はあ」

少し頭を冷やそうと思って、あまり使われていない、校舎の隅の水道へ向かった。
あそこなら誰もいないだろう。落ち着かないと。

…氷室は、この間のことどう思っているんだろう。
アメリカにいたわけだし、あまり気にしていないのかな。

…気にしているのは、私だけなんだろうか。

「あ…」

目的地に行くと、そこには氷室がいた。
氷室の前には、女の子。
人気のない場所で、男女が真剣な顔で向かいあっている。
間違いない。告白の類だろう。
二人に気付かれないうちに、さっと影に隠れる。

「……」

心がざわつく。
足音を立てないようにその場を離れた。





練習が終わり、部誌をゆっくり書く。
みんな帰って行った。氷室以外は。


「!」
「まだ帰ってなかったんだ」
「…うん」

氷室は自分のロッカーを開ける。

「氷室」


思いっ切り被ってしまった。
氷室の方を向くと、氷室は真剣な顔だ。

「ひ、氷室どうぞ」
「…いや、からでいいよ」
「…ううん、いいの。氷室話して」
「…そっか」

氷室は私の隣に座った。
氷室に肩を抱かれたあのときのことを思い出して、少し体を強張らせた。

「…もうさ、こうやって話すのやめたほうがいいと思うんだ」
「え…」
「うまくいきそうじゃないか。最近、仲良くなってきたし。他の男と一緒にいるところ、見られるのはまずいだろ」
「で、でも」
「もうオレが何かアドバイスすることもないしさ。頑張って」

氷室はぽん、と私の肩に手を置いた。
その手を思わず握った。

「!」
「あ、ごめん…」

何やってるんだ。そう思ってすぐに手をどけた。

「…氷室」

なんで、私、

「…の話は?」
「あ、その…」

私の話。氷室に聞きたかったこと。

「…あの、ね。嫌だったら答えなくてもいいんだけど」
「うん」
「…氷室は、好きな子、いるの?」

氷室は目を丸くする。
当然だ。いきなり、こんなこと。

「あ、あのね。ほら、いつも私の話聞いてもらってばっかりだったでしょ。だから、氷室はどうなのかなって」
「いるよ」

慌てて言葉を紡ぐ私を余所に、氷室は冷静な声で答える。

「…いるよ」
「…そっか」

…そっか。いるのか。

「…そうだね、氷室も、その子に誤解されたら困るもんね」

氷室の顔を見ないで、部誌を閉じて棚に戻した。
帰ろう。

「…じゃあね。また、明日」
「ああ」

鞄を持って部室を出た。
これで、終わりだ。

「……」

帰り道をとぼとぼと歩く。
…なんで、私は泣いているんだろう。
何が、悲しいんだろう。

「…氷室」

名前を呼ぶ。
氷室。

「…氷室…」

胸が苦しい。
私は、いつの間にか、氷室のことが。
彼のことより、氷室のことで頭がいっぱいで。

なんで、こんなに。









優しい笑顔に傷つく
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14.06.10