昼休みのチャイムが鳴ってから約10分。私は屋上の扉の前にいる。 本当は来たくなんかなかったけど、まさかすっぽかすわけにもいかず、お弁当片手にここまで来た。 ちなみに例の友人に事情を話したところ、案の定「頑張ってね!」とウィンクされただけでアドバイスなしに終わった。 ただお弁当を食べるだけなのに、私は今戦地に向かうのかというくらい緊張している。 「あー、来た来た」 「こ、こんにちは…」 扉を開けると、白石はすでにお弁当を開けて1人で食べていた。 同じクラスなんだから授業が終わる時間も一緒だけど、私は緊張して教室の中でぐだぐだしていた上に、クラスメイトにさっきの授業について聞かれたりしていたので、白石は一足先に屋上に来ていたようだ。 「失礼します…」 白石の隣りに座って、お弁当を広げる。 私のお弁当は冷凍食品のオンパレードだけど、白石のお弁当は今日も栄養バランスが整ってそう(ぱっと見ただけだから詳しくはわからないけど) 「遅かったなあ」 「あ、ごめん。ちょっとクラスの子にさっきの授業のこと聞かれて」 「ああ、、朝とかにもよう聞かれとるよなあ」 毎朝、とまではいかないけどちょくちょくそういったことを聞かれたりする。 クラス委員っていうのは頭がいいって思われがちなんだろうか。 確かに悪くないけれど、正直な話白石とかのほうが成績はいいはずだ。 「そういえば、って標準語やけどどこ生まれなん?」 「え、と。小学校までは東京にいたよ」 「へえ。人見知りで引越しなんて大変やったろ」 「まあ…。でも丁度中学入るときだったからそんなには」 昨日よりは大分まともに話せている気はするけど、それでもやっぱりぎこちない。 というか白石は本当に何を考えているんだろう。 白石が私を好き、という噂があるのに二人でお弁当なんて食べてたら、すごく、まずい気がするんですけど。 それとも白石は噂なんて知らなくて、本当に親切心でやってくれているんだろうか。 「、ダメやで」 「えっ?」 「顔が硬い」 「か、かお?」 「そうそう、人間関係の基本は笑顔からやで。ちゃんと笑わんと印象悪うなってまう」 そう言って白石はにこっと笑うので、つられて私も笑ってしまう。 「しっかし、が人見知りってちょっと意外やなあ」 「そう?」 「クラス委員とかで仕切っとるときとかめっちゃしっかりしとるし、そないなところ見てると想像できひん」 「そりゃ、そういうときは自分のやることやればいいだけだけど、一対一っていうと何話したらいいかわからなくなるっていうか…」 私は俯きながらお弁当を食べ始める。 昨日よりまともに話せているとはいえ、白石の顔を見て話すなんて、今の私にはハードルが高すぎる。 「、さっきから箸全然進んでへん」 「え、あ…」 「やっぱ緊張してるんやなあ」 「ご、ごめん」 「謝らんでええよ。緊張させてんの俺やし」 白石は「これ、お詫び」と言ってお弁当の中の卵焼きを一つくれた。 お礼を言って一口かじると、口の中に甘い味が広がった。 「あ、甘いのダメやった?」 「ううん、好きだよ」 「なら、よかったわ」 そう言った白石の横顔は微笑んでいる。 この人、本当に私と話してても緊張とかしてないんだなあ。 「白石はなんか…すごいね。本当人見知りとかしないんだ」 「まあ、あんませえへんけど、別にすごくはないで」 「ううん、私から見れば十分すごいよ」 「そら、おおきに。でも、俺はもすごいと思うで」 「え、ど、どこが?」 私が白石にすごいと思われることなんて特にない気がする。 卑屈になっているわけではなく、本当に。 「、いっつも委員とかいろいろ頑張ってるやん」 「白石だってテニス部の部長とかやってるじゃない」 「俺は適度に手抜いとるし」 そんなこと、ないと思うんだけど。 テニス部が強豪なのは全校生徒が知ってることだし、そのテニス部の部長なんて大役だろうに。 「クラス委員、この間から行事の準備やらなんやらで忙しいそうやな」 「あ、まあ…それなりに」 「しっかりやるのもええけど、あんま頑張りすぎんようにな」 白石はそう言うと大きな手を私の頭に乗せる。 同時に私の心臓は跳ね上がって、固まってしまう。 それに気づいているのかいないのか、白石は微笑んだまま動かない。 「あ、そろそろ着替えないとやばいな」 「え、あ、本当だ」 そう言って白石は手をどかして、私もはっと我に返る。 時計に目をやると、昼休みは残り十分。 次の授業は体育だから、そろそろ着替えないとまずい時間だ。 「じゃあ、また明日もここでな」 「うん」 「……」 「?何?」 「いや、、大分表情が柔らかくなったなあ思て」 白石は柔らかく笑いながらそう言った。 今日、白石の笑顔を見るのは何度目だろう。 「人間関係の基本は笑顔」と言っていたけど、確かに白石の笑顔を見ると少し心が綻んだ。 お節介、なんて思ってたけど、白石の言う事は間違っていないなかな。 ご飯を食べているときずっと笑っていた白石だけど、「頑張りすぎんようにな」と言った白石の笑顔は、少しだけ雰囲気が違ったような気がする。 笑顔もだけど、なぜかその言葉がやけに心に引っかかっている。 なんでだろう、と思いながら私は白石と教室へ向かった。 ← top → 09.10.08 |